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『月の光 現代中国SFアンソロジー』 劉慈欣(リウ・ツーシン)他著/ケン・リュウ編集/大森望、中原尚哉、大谷真弓、鳴庭真人、古沢嘉通訳 早川書房:新☆ハヤカワ・SF・シリーズ,2020-03

みんな大好きケン・リュウによる中国 SF アンソロジー、『折りたたみ北京』に次ぐ第二弾だ。前回よりも少し多くの作家に手を広げて、その分ひとりひとりの分量は減った。これはこれで悪くない趣向と思う。
張冉「晋陽の雪」はタイムマシン/現代科学知識無双もののパロディで、これは面白かった。現在の技術がさまざまな形で過去の中国で無理矢理再現されているんだけど、SNS みたいなのまであって笑ってしまう(糸を経由して打鍵の動きを物理的に遠方へ伝えているらしい)。「壊れた星」は原書の表題作。恐ろしいヴィジョンはあるが刺さるところまでは来なかったという感じ。「潜水艇」は今回の新顔のひとり韓松の作品。出稼ぎの地方民がひと家庭一隻ずつの潜水艇に乗りこんで大量に川を下ってきて、そのまま川面を埋め尽くすばかりに停泊してみんなで暮らし始める、というものすごい絵面でわくわくする。ストーリーは苦い展開で、そこも含めてちょっと中国以外じゃ成立し得ないように思えて面白かった。「金色昔日」は宝樹による中編。主人公と幼なじみの女の子を軸にした一代記なんだけど、最初は現代の設定に見えるのが少し経つとリーマンショックが起こって、同時多発テロが起き……というホラ話。一発ネタなんだけどストーリー展開と描写はごく真面目で、ノスタルジアと設定ががっちり噛み合って謎の感動を呼ぶ。個人的には本書の一押し。「正月列車」の郝景芳は「折りたたみ北京」の著者で、本作もかなりの奇想を突っこんできたが、「北京」ほどの精緻さはなくアイデアが投げ出されている感じ。『三体』で大ブレイク中の劉慈欣は「月の光」を収録。地球環境保護の施策の難しさをちょっとブラックなユーモアにくるんだ短い作品だが、けっこう的を得ているかもしれなくて普通にいやな汗がにじむ。王侃瑜「ブレインボックス」はよかった。技術がディスコミュニケイションを暴き出す話で、そういえばテッド・チャンもそんな話(「偽りのない事実、偽りのない気持ち」→先日書いた感想)書いてたよねえ、などと。巻末には今回もエッセイを三編収録。ケン・リュウがここにも重きを置いていることがわかる。中国 SF 事情が垣間見えて面白く、たとえばファンタジーと SF の境目がかなり厳密、なんて話が出ててへぇーと思ったりした。日本だとそこら辺おおらかだからなあ。
というわけで中国 SF 概観として、もしかすると前回よりよかったかも。いい意味で今回の方が肩の力が抜けていたと思う。
【収録作品】
おやすみなさい、メランコリー/夏笳 晋陽の雪/張冉 壊れた星/糖匪 潜水艇/韓松 サリンジャー朝鮮人/韓松 さかさまの空/程婧波 金色昔日/宝樹 正月列車/郝景芳 ほら吹きロボット/飛氘 月の光/劉慈欣 宇宙の果てのレストラン――臘八粥/吴霜 始皇帝の休日/馬伯庸 鏡/顧適 ブレインボックス/王侃瑜 開光/陳楸帆 未来病史/陳楸帆 エッセイ/王侃瑜、宋明煒、飛氘