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『地磁気逆転と「チバニアン」 地球の磁場は、なぜ逆転するのか』 菅沼悠介著 講談社:ブルーバックス,2020-03-18

サブタイトルとはちょっと違って、どちらかといえば古地磁気学の本。チバニアンはこの話題への切り口としてちょうどいい身近さ加減で、この本の中でもけっこうページを割いて詳しく語られている。著者は当該年代を「チバニアン」として登録することに尽力したグループの中心メンバーのひとりで、当事者目線で経緯が書かれているのも面白い。
地球の歴史をひもとくと、実は地磁気はけっこう何度も逆転していることがわかっている。つまり、磁石でいうところの N 極と S 極が入れ替わっているのだ。なぜそんなことがわかるかというと、地球上の岩石や海底の堆積物なんかに古い地磁気が保存されているからで、ものすごくざっくり言うと溶岩が冷えるときに地磁気に沿って磁性を帯びる、あるいは磁性を帯びた微粒子が堆積するときに地磁気に沿った向きに並ぶ、というまあまあ単純な話なのだが、最初はやはりなかなか受け入れられない説ではあったらしい。そもそも地磁気がどうやって生じるかもわかっていなかったし、ましてそれが逆転するなんてことがあるとは信じがたいのも無理はない。しかしいろいろ調べていくうちにそれが一番うまく説明がつくということになり、現在ではほぼ定説となっている。
とはいえそれが何万年前だったかを決定するのはまた難しさがあり、そこにさまざまな工夫がある。おなじみの放射性同位体年代測定に加えて、氷床コアのような別のものさしや、ひとつのイベントに起因するある現象が別の現象に何年ぐらい先行するかといった傍証などを積み重ねて、少しずつ年代の精度と説得力を高めていくことになる。実に地道な作業なのだが学問というのは大部分がこういうものであろう。
千葉県市原市のくだんの地域では当該の地磁気逆転が起きた当時の地層を露頭で見ることができる。これほどのイヴェントが起こった証拠を眼前で見ることができるというのは大変貴重なことだが、さりとてそれだけでその時代区分名がチバニアンと決められるわけでもない。地質時代の呼び名を決めるのは国際地質科学連合だが、もちろんライバルがいて、それぞれに自分たちの地域こそが名前にふさわしいという主張をするのだそうだ。それぞれの研究グループがデータや研究成果を提出し、いかに自分の土地で得られるデータが重要であるか、そしてそのデータを元に自分たちがどのような新規性のある発見をなしとげたかをアピールする。今回はイタリアの二地域との争いだったのだそうだが、その上で見事勝利して、チバの名は地質史に刻まれることになった。この辺りのプロセスも全然知らなかったのでそれだけでも非常に興味深かったし、結果を知っているとはいえ戦いの過程も面白かった。
地磁気逆転については、まだ地磁気の由来すらはっきりこれだと言えるモデルも確立していない状況なので、逆転のメカニズムもまた仮説の仮説というレベルにとどまるようだが、起きる現象については少しだけわかってきていて、たとえば逆転の前にはぐっと地磁気が弱くなり、また磁極が地球の極から大きくずれることがあるということがこれまでの逆転時の事例から知られている。このところ磁場が弱まっていることだけは確かなようで、それが地磁気の逆転の前イベントである可能性はなくはないが、まだ全然わからないし、起きるとしても自分たちが生きている間ということはなさそうであるようだ。
チバニアンってそもそもなんなんだ、地磁気の逆転ってどういうことだ、というような疑問を持ってる人には普通におすすめ。アノードとカソードの話は出てきませんでしたが。