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『月の落とし子』 穂波了著 早川書房,2019-11-20

月の落とし子

月の落とし子

  • 作者:穂波 了
  • 発売日: 2019/11/20
  • メディア: 単行本
読み終わってから初めて知ったが、第 9 回アガサ・クリスティー賞の受賞作、らしい。もともとミステリに特に詳しいわけでもないが賞の存在すら知らなかったのはわれながらどうだろうという感じだ。「公益財団法人 早川清文学振興財団と早川書房が共催する「アガサ・クリスティー賞」」「対象 広義のミステリ。自作未発表の小説」「正賞/アガサ・クリスティーにちなんだ賞牌、副賞/100万円」とのことで、2011 年から毎年開催されているのだそうだ。
さておき。
冒頭の宇宙のシーンが素晴らしく、めちゃくちゃページをめくらせる力がある。新たに始まった国際月面探査プロジェクトの最中、クレーターで活動中だったふたりの宇宙飛行士が突如倒れた。それも宇宙服には損傷らしい損傷のないまま吐血して倒れ、一時間も経たないうちにふたりとも事切れてしまう。なにが起きたのかを確かめるために、仲間たちの遺体を回収するために、工藤晃とエヴァ・マルティネンコは着陸船でふたりのもとへ降下する。ふたりは何故そんな凄惨な死に方をしたのか? そこから惜しげもなく事態が矢継ぎ早に展開し、舞台が地球に移るあたりまでは本当に文句なしに面白い。
ただ、そこまでに比べると地球編の展開はややスピード感に乏しく、謎も謎解きもややぱっとしない印象はある。とはいえそれでも充分(というと失礼だが)面白く、どんどん読み進んでしまった。別名義で既にデビューしていて、そこから起算すれば十年以上のキャリアがあるとのことだが、なかなかこう書けないと思う。また、地球編の題材は奇しくも現在の日本と重なる要素があり、これが昨年世に出ていたというのは不思議な感じがする。PCR 検査のことを「おっそいんですよ、この検査」と言っているシーンなど、今では常識になってしまっているわけだが、よく調べて書いているなと思ったりしてとても奇妙な感覚だ。その上で今となっては終盤での日本政府の判断は明らかにリアリズムに乏しくなってしまったとも思う。あれをしない/やらないのが日本という国であるし、みんなそこにもどかしさが募ってるだろうと思うので、ラストシーンはいいシーンなんだけど少し空振りかなあという印象を受けた。