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『新時代の野球データ論 フライボール革命のメカニズム』 Baseball Geeks編集部著,神事努監修 カンゼン,2019-07-16

新時代の野球データ論 フライボール革命のメカニズム

新時代の野球データ論 フライボール革命のメカニズム

アメリカ野球は豪快で大雑把な印象がある一方、アメスポ界隈は異常に細かい数字にこだわる傾向がある。これはなんでもいいからアメスポをある程度観てたら絶対体感するところだと思うんだけど、中継で出されるテロップに書かれているデータのどうでもよさと言ったら完全に日本の比ではなくて、ほんとうによく引っ張り出してくるよねこんなもんと感心しつつ半分呆れてしまう。個人的にはけっこう好きなんだけど。
それで、有象無象のデータを上手いこと球団経営に活かそう!という話が『マネーボール』だったわけだ。滅茶苦茶大雑把に言うと、旧来のスタッツにはあらわれてこないけどパフォーマンス評価の指標として有用なスタッツを見つけ出して、そういうスタッツが高い、安くていい選手をかき集めて勝とうというコンセプトだ。これは既に前世紀末から今世紀初頭ぐらいの話なので、20 年ぐらい経ってるのだけど、日本ではどこまで浸透してる話かよくわからない。最近ようやく K/BB とか WHIP とか OPS とかが日本のメディアのスタッツにも載るようになってきた印象だけど、つまり 15 年遅れぐらいになってるんじゃないかなーという気がしないでもない。
んで最近の流行りはトラックマンという投球解析装置を使った投球術/打撃術と統計の組み合わせ。というところでやっと本書の内容につながってくる。投手の直球や変化球の質がより定量的に解析できるようになったことと、どのくらいの角度と速度で上がった打球が一番ヒットになりやすいかということから最適な打撃を考えると、速いアッパースイングでフライを上げるのが一番パフォーマンスがいいぜということになる。これがフライボール革命。弱点としては三振が増えるんだけど、それ以上にヒットやホームランが増えるからまあいい、ということだ。

その話を軸に、本書では解析と統計を元に主に投球と打撃に係わるいろいろな事象を検証していく。たとえば、バットを短く持つことに意味はあるのか?という話とか。この検証の前提として、スイングの要素でヒットになる確率と相関があるのはヘッドスピードだということはわかっている。だからバットを短く持ったときにヘッドスピードが上がるか、が検証される。それによると、バットを短く持つと確かに慣性重量は小さくなるので振り回しやすくはなるけど、その分当たり前だけど持ち手からバットの先までが短くなるのでヘッドのスピードは落ちてしまう。そのふたつが概ね相殺されるので、あんまり意味ないんじゃないかな、みたいなことが書かれている。
実在の選手を検証している項目もいくつかあってそれも中々面白い。上原浩治の速球はやはりホップの度合いがメジャーリーガーの平均と比べてもずば抜けて高かったようだ。あまり速いとは言えないストレートでばんばん空振りを取る姿は本当に痛快だったが、解析からもその特徴が裏付けられている。また、少し前まではメジャーの速球と言えばツーシームが全盛だったが、日本人投手が次々に参入するようになってからフォーシームが見直されているのだそうだ。これも中々楽しい話だと思う。
投球術ではピッチトンネルという概念が面白い。ひとことで言えば「複数の球種が途中まで共通してたどる球筋」のことなのだけど、当たり前だがそういう球種がある方が強いし、三種類以上あればなおよい、ということになるらしい。打者は投球が自分からまだかなり遠いうちにボールから目を切るので(そうでなければ間に合わない)、手を離れて少しの間の球筋が似ていればよいようだ。

ねた自体は Baseball Geeks に掲載されたものの編集版が多いようで、個人的にもどっかで見たような気がするというものも多かったが、一方でインタビューとかは多分新ネタでなかなか面白かった。ただ全体のボリュームは読む分にはちょっと物足りなかった。解析自体には手間も時間もかかっていると思うので、そこを読み物としてだけ評価されちゃうとつらいだろうとは思うけれど。