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『時のきざはし 現代中華SF傑作選』 滕野 他著/林久之 他訳 立原透耶編 新紀元社,2020-06-26

『折りたたみ北京』『月の光』とケン・リュウの中国 SF アンソロジーが出版され、『三体』が二部まで刊行されて大反響。乗るしかない、このビッグウェーブに!……というわけで、現代中国 SF の日本オリジナルのアンソロジーが編まれるに至った。おれもどっちかといえば長いものには巻かれるたちなのでさっそく読んでみた。いつも通り各作品の感想をつらつらと書く。
江波「太陽に別れを告げる日」は古き良き SF を思わせる短い短編で、気がきいていてよかった。個人的にはかなり好き。何夕の「異域」が本書のベストかな。西麦農場という植物生産地域が設けられると、そこから送り出される驚異的な量の食物によって人類は地球上に 300 億人住まうに至った。しかし、ある任務を帯びて西麦農場内に侵入した主人公と同僚の藍月はそこで信じられないものを目にする。これもメインのアイデアはむしろ古典的だけど、それを現代の地球の問題解決に結びつけて描いていてしっかり今の SF になっている。藍月のキャラクターもかっこいいし、ヒロイックな終わり方も好きだ。なんとなくこういうの書いてみたいと思わされる快作。「鯨座を見た人」は糖匪の作品。奇人であった父親の生涯を娘が係累のある人のもとをめぐって辿っていくのだけど、終盤思いがけない方向に飛躍する。不思議なポジティヴさのある作品。昼温の「沈黙の音節」は言語学を用いた珍しい作品……だがこれを SF と言ってしまっていいものかどうか。せっかく面白い材料を用いているのにだいぶ雑に料理しちゃったねという感じ。惜しい。「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」/陸秋槎は架空の作家の評伝という形をとって当時のヨーロッパの思想や表現をたどる作品、なのかな。とにかくバナールが屑過ぎて面白いのだけど、全体的にはよくわからない話だった。陳楸帆「勝利のV」はショートショート。ちょっとしたアイデアを形にしただけという感じ。「七重のSHELL」がすごかった。王晋康が描き出す作中の VR 世界は、多少の違和感もありつつ見事に描かれているのだけど、……あとは読んでのお楽しみ。かなりよかった。黄海「宇宙八景瘋者戯」はゆるい雰囲気の SF で、ちょっと大らかすぎるところが個人的に苦手。「済南の大凧」で梁清散はアマチュア歴史学者の視点から過去の中国で失われた幻の技術を掘り起こす。あるいは大凧などは現実のものなのかもしれないが、こういうロストテクノロジーものやったときの中国のもっともらしさは異常で、これはずるいとしか言いようがない。でも地味なのにちゃんと面白くてよかった。凌晨「プラチナの結婚指輪」は異星文化とのディスコミュニケイションを描く作品。というとちょっと大雑把すぎるかも。ルッキズムと家族のあり方をえぐってくる強烈な作品で、心を動かされたという意味ではこれが一番だったかも。双翅目「超過出産ゲリラ」は正直よくわからずあまり面白みもわからず。「地下鉄の驚くべき変容」は韓松の作品。出だしのシチュエイションと、ロッククライマーにはわくわくさせられるのだが、向かう方向はあまり好きではない。ラストはちょっとよかった。吴霜「人骨笛」は申し訳ないがあまり印象に残っていない。潘海の「餓塔」はよかった。特殊な極限状態でさまよう人々と、それをつけ狙う巨大な怪物。やがて一行はかつて人がいたとおぼしき寺院の跡地に着くが、もはやそこにも誰も残っていない。食料は尽き、怪物の姿は見え隠れするなか主人公のひとりがそこに立っていた塔の特別な秘密に気づいたものの……みたいな話。これじゃなんだかわからないと思うけど面白かった。「ものがたるロボット」は飛氘の得意とする(らしい)ところの中国古代王朝にいきなりロボットがいる、というシチュエイションで展開されるおはなし。ごく短いけどなかなかよかった。先日読んだ『月の光』には「ほら吹きロボット」って作品が入ってたんだけど、そっちもわりと好きだった。「落言」 は靚霊の作。人間と異星人とのコミュニケイションと、主人公と娘とのコミュニケイションが交錯する、ちょっと重いテーマの物語。これも少し昔の SF の香りがあった。表題作にしてトリを飾るのは滕野の「時のきざはし」。思いがけない手段で時を行き来できるようになった主人公たちにある異変が起きてしまい、それに対してどう振る舞う……というようなテーマ。突飛なアイデアだけど、そのアイデアに対する向き合い方は SF 的で、終わり方もよかった。

玉石混淆ではあるけど、そこそこ楽しめたかな。ケン・リュウが編んだものよりは全体的にはとっつきやすかった気もする。何人かの作家についてはもう少し作品を読んでみたいとも思えた。