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『首里の馬』 高山羽根子著  新潮社,2020-07-27

【第163回 芥川賞受賞作】首里の馬

【第163回 芥川賞受賞作】首里の馬

不思議な話だ。沖縄に住む主人公は、近所の小さな資料館の手伝いをしながら日々を過ごしている。年老いた女性がひとりで運営する、本当に小さな民間の資料館で、入場料をとるような性格のものではなく、ただ地元の文献や遺物が収蔵され、それらを記載した紙のインデックスカードが引き出しに並んでいる、という感じの施設。訪れるものもほとんどないその施設で、主人公は給料も報酬もなく、純粋にボランティアでひたすらインデックスカードの更新を続けている。
そのかたわら、主人公はある仕事をして生計を立てている。近所の雑居ビルのひとフロアに設けられている“スタジオ”から、遠く離れた人に一対一でクイズを出すのだ。相手は何人かいて、日本語を話せるという共通点はあるがそれ以外は見事にばらばらで、それぞれがどこにいる何者なのか主人公は知らない。ただクイズと終わったあとのわずかな雑談を通してだけ相手のことを知っている。問題はどこかで作られていて主人公はただそれを読むだけだが、記憶にある限り一度も重複したことはないという一文が出てくる(すごい)。多くは定期的に、時々にアサインされるその「問い読み」で、主人公は食べられるに足る報酬を得ている。

そこから物語が動き出す。主人公はその生活から動かざるを得なくなる。台風が訪れるのは象徴的だ。ずっと動けなかった主人公は――読んでいる側からすればいささか急に――能動的に行動しはじめる。スタンスは変わらない。知識を大切なものだととらえ、それがたとえ自分では十二分に活用できないものであっても、遠く離れたものに届けようとすること、主人公は一貫してそういった行動原理の下に動いている。その形が、台風と、台風と共にあらわれたある存在のために、ぐっと能動的に転換される。その感じは心地よいと思ったし、通底する価値観にも共感できた。それでもなお冒頭の印象は残る。不思議な話だ。