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『ガーンジー島の読書会』 (上)(下) メアリー・アン・シェイファー、アニー・バロウズ著/木村博江訳 イースト・プレス,2013-11-29

ガーンジー島の読書会 (上)

ガーンジー島の読書会 (上)

ガーンジー島の読書会 (下)

ガーンジー島の読書会 (下)

ガーンジー島をご存知だろうか。おれは名前すら知らなかった。英仏海峡の南端近く、すなわちフランス本土にほど近いあたりにあるチャネル諸島という島々のひとつらしい。チャネル諸島で一番有名な島はジャージー島で、「ニュージャージー州」や「ジャージー牛」の由来となった島なのだが、チャネル諸島の中でそのジャージー島の次に大きな島がガーンジー島なのだそうだ。チャネル諸島は全体がイングランド王室の個人所有地で、したがって厳密には英国の一部ではない。自治議会と政府を有し、英国議会には代表を送り込んでいないが、外交と軍事は英国が受け持っている。ああ、ややこしいい!
そのガーンジー島に住む人から、第二次世界大戦終戦後間もないロンドンに住む主人公である作家のジュリエット宛に手紙が届くのが物語の発端となる。ジュリエットは手紙の主の頼みに応じ、そこからジュリエットと島の人たちとの交流が始まる。いわゆる書簡体小説の形式をとっていて、ジュリエットをハブとした書簡のやり取りで物語は構成されている。今で言えば担当編集者に相当するのであろうシドニーとその妹のソフィー、ジュリエットに好意を寄せるマーク、そしてガーンジー島の人々が手紙をやりとりする主な相手だ。
ガーンジー島は第二次大戦開戦から比較的ほどなくドイツに占領された。ドイツはガーンジー島を戦略的に重要な地点であると認識し、それなりの戦力を置いて占領を続けるが、補給は滞りがちで小さな島の食糧生産力では大人数の滞在を支えられなくなっていく。そんな中、夜間外出禁止中にもかかわらずこっそり飼っていた豚をばらして秘密のパーティーを開いた住人たちが、その帰り道にドイツ兵に見つかってしまい、苦しまぎれの言い訳で「ガーンジー島の読書とポテトピールパイの会」の帰りなのだと出まかせを言ってしまう。ドイツ軍の士官は読書会は大変けっこうなことだ、との見解を示し、今度自分も呼んでくれという。住人たちはそんなわけで本当に読書会を開催しなければならなくなってしまった。それで島に残る数少ない本をかき集めて読書会を開くのだが、これまであまり読書をしてこなかった住人たちが本に触れて、その人なりの喜びを見出すさまは(ちょっとお約束のような感じもしつつ)おかしくも微笑ましい。
そして戦争が終わり、グレートブリテン島との行き来も自由になる。読書会のメンバーのひとりドーシーがチャールズ・ラムという作家の本に感銘を受け、どうすればこの作家のほかの本を手に入れられるか教えてほしい、という手紙を書いたのが上で書いた「物語の発端」で、それをきっかけにドーシーを中心とした島の人たちとやりとりを続けるうちにジュリエットはだんだんガーンジー島そのものに惹かれるようになっていく。わけてもほとんど全員の手紙に印象的に登場するエリザベスという人物に興味を抱き、実際に会ってみたいと願うのだが、彼女は終戦の少し前に島を離れていた。
下巻ではジュリエットが島に渡り(といきなりネタバレ)、クライマックスでは島に住むとある愛すべき住人が活躍?し……、とまあいろいろあるのだけどそこは読んでのお楽しみ。書簡体ということもあって読みやすく、登場人物も魅力的で楽しいのですいすい読める。驚くのはこれが著者メアリー・アン・シェイファーの初めての著書だということだ。もはや晩年にさしかかってから書き始め、初稿を書き上げた前後に体調が悪化し、あとを姪であるアニー・バロウズに託して当人は完成を見ることなく 2008 年に亡くなったのだという。主に児童文学で活躍していたバロウズが本作を完成させ、連名の著者名義で世に出たということだったらしい。本もけっこう売れたらしいが、10 年後には映画化もされた。たった一冊の著作が映画化された人物は今まで銀林みのるしか知らなかったが、居るところには居るものである。