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『偶然の聖地』 宮内悠介著 講談社,2019-04-25

偶然の聖地

偶然の聖地

世界がコード*1で書かれているとしたら。大胆すぎる仮定なので起きることは無数に想像できるが、著者がフォーカスしたのは「当然不具合が起きるだろう」というところだ。そしてそれを直す者たちがいるはずだ、と想像は膨らむ。あるいは不具合を利用しようとする者がいるかもしれない。不具合を直そうにも、既存のコードへの影響ははかりかねる、かもしれない。不具合はいつも現れているわけではないかもしれない。再現するためには特別な振る舞いが必要になるかもしれない。
一篇ずつはショートショートと呼べるくらいの連載という形態で書き進められた長編で、構成はゆるい。世界に残された最大のバグことイシュクト山に各登場人物が集まっていく、というのが大まかな見取り図で、一応主人公格の日本人の若者怜威(れい)と友人のジョンの珍道中がメインプロットにはなっているが、怜威たちを追う刑事二人組や、世界のバグを直す“世界医”のふたり組、あるいはかつてイシュクト山に登ったことのある人物たちが、それぞれの事情でイシュクト山に導かれていく。
道中の描写には著者の若い頃のバックパック旅行の経験が存分に反映されていると見え、そのディテイルは正直けっこう面白い。また、本書全体に膨大な注がつけられているのだが、この注が現実世界と作中世界をゆるやかにつなぎとめるかすがいのような役割を果たしている。かなり荒唐無稽な物語なのだが、そこにこの註たちがなにか奇妙な実在性を与えている。この感覚は読んでいて面白いなと思った。
とはいうものの、これだけの大風呂敷を広げた連載をたたむのは難しく、連載していた雑誌はまさにクライマックスというところで休刊となり、終盤の展開としてはまあこんなものかなという感じにはなる。それでも野心的なアイデアとユニークなスタイルはなかなか楽しかった。

*1:ざっくりしてるけど、まあ「プログラミング言語」ぐらいの意味