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『脚本の科学 認知と知覚のプロセスから理解する映画と脚本のしくみ』 ポール・ジョセフ・ガリーノ、コニー・シアーズ著/石原陽一郎訳 フィルムアート社,2021-01-26

主に映画を念頭に書かれた、とはいえ他の形態にも活かせるであろう、脚本術の本。古今東西の映画のシークエンスや脚本を引きながら、その作品がいかに観客をひきつけるかを解説していく。この手の脚本術の本は昔からたくさんあって、その中でも古典的なものも何冊もあるらしいのだけど、それらの本はしばしば相矛盾することを主張していたりする。たとえば有名なやつでは「三幕構成」というのがあるんだけど、他の本ではいや四部構成だとか 15 ステップだとか、もっとも大雑把な枠組みでもこれだけいろいろな説がある。それはどれが正しくてどれが間違っているということではなく、共通するメカニズムがあるのだ、といったことが本書では書かれている。(そうは書いていないが、つまりはどの本も本質を捉えていない、と言っているに等しい。)
まず基本的なところでは、観客に、登場人物に感情移入してもらうこと。有名なのが「save the cat」というセオリーらしく、主人公に猫を助けさせとけ、というものだ*1。こういうシークエンスがあると観客は主人公の人となりを知り、見かけによらずいい奴じゃんと判り、感情移入してくれる、というものだ。だが、本書では必ずしも主人公は猫を救わなくてもよいのだと説く。むしろ視点が一致しているとどういうわけか観客は感情移入してくれる傾向にあるのだそうだ。というわけで親友を騙して数千ドルを巻き上げるクズ野郎が主人公の映画(『ソーシャル・ネットワーク』)とか、金に困って麻薬を密造する男が主人公のテレビシリーズ(『ブレイキング・バッド』)とかでもちゃんと成立することになる。しかし、必ずしも猫は助けなくてもいい一方で、それに相当するシーンは必要なのだという。ある映画の冒頭で、主人公は盗んだ現金を持って車に乗って逃げている。と、後方からパトカーのサイレンが近づいてくる。慌てる主人公。なんとか現金の入ったバッグを足元に隠しながら、右に車を寄せてスピードを落とす。と、パトカーは主人公には目もくれずに素通りしていってしまう。このシークエンスはストーリーの展開上は全く必要のない場面だが、にもかかわらず大いに機能している。

では感情移入がなぜ必要かというと、観客に映画に集中してもらうためだという。フィクションを味わうためには知ってもらわなければならない情報がどうしてもある。しかし動画の形態で伝えられる情報量には限りがある。それでも伝えるためには集中が必要だ(それも、集中や興奮は長続きしないので緊張と緩和の波が必要、みたいな話も別途出てくる)。他方、伝わる情報量に限りがあるにもかかわらず観客の脳は手がかりがあれば勝手な妄想をどんどん進めるので、正しく手がかりを示せば与えた情報をはるかに上回る量の情報を結果的に伝えることができる。その割に平均的な観客はしばしばストーリーを見失うので、適切な間隔でマイルストーンを置く必要がある。……といった具合に、いろいろなことがつながっていて、あるいは衝突していて、これらの要素に適切なバランスが取れていないと脚本はうまく機能しない。というわけで、かなり難しいパズルを組み上げるような作業が必要になってくる。そしてもちろん、楽しくてユニークなものでなければならない。

本書に書かれていることをすべて守りながら脚本を作るのはかなり難しいのではないかと思う。しかし、多くの普遍的な原則が含まれている。だから実際に脚本を書いて映画を作ろうという人には大いに参考になるだろう。できあがった脚本を、本書に書かれていることがどれだけ実現できているかという観点でチェックするだけでもなにがしかの役には立つと思う。
最後に一章まるまる費やして展開される『スター・ウォーズ エピソード4』の解題はものすごい力作で、好きな人にはたまらないのではないか。SW Ep.4 はさまざまなセオリーを破っている名作、という位置づけらしいのだが、少なくともそれぞれのパートについては説明することができるし、そしてそれは本当によくできている。もちろん、脚本がよくできていることから映画が大ヒットすることまではまだ3ステップぐらいあるのだけど……。

*1:とここまで書いてきて初めて気がついたが、これあれだ、岡崎体育の「ミュージックビデオ」だな。こわもての主人公に猫助けさせとけ、みたいな。ある意味では本書と同じことをしている作品と言える。