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『2000年代海外SF傑作選』 エレン・クレイジャズ他:著/橋本輝幸編集 早川書房:ハヤカワ文庫SF,2020-11-19

なぜいま 2000 年代、といいたくなるタイトルではあるが、もともとこのシリーズは早川書房が 1980 年代、1990 年代と刊行してきたシリーズで、それがしばらく途絶えていたのを今回復活させるということになり、橋本輝幸氏が編者となって昨年末に 2000 年代、2010 年代と連続で刊行したものであるらしい。というわけでこれは 2000-2009 年が対象年代ということになる。
収録作品でよかったのは劉慈欣の「地火」。中国のさびれかけた炭鉱を舞台に、地下に埋まっている石炭に直接火を点けてエネルギーを取り出す技術への挑戦を描いた作品だが(一応実際にも研究中の技術らしい)、まあタイトルの通りで、そこに至るまでの主人公とその友人との葛藤が見もの。破滅の場面の描写にはさすがに迫力があり、これは読めてよかった。本朝初訳とのこと。あと「ジーマ・ブルー」は抒情性あふれる佳作で、Netflix で映像化されたらしいけどさもありなんというところ。ちょっとだけ「逆行の夏」っぽいかな(テーマは全く違う)。これも初訳らしいのでよかったのではないでしょうか。みんな大好きグレッグ・イーガンの「暗黒整数」は既読だけどびっくりするほど忘れてて普通に楽しんで読んだ。自分がびっくりするほど忘れてることについてはもはやびっくりしません。「ルミナス」「暗黒整数」のシリーズは個人的には結構好きで、今読むとけっこうがっつり『シルトの梯子』とテーマかぶってんだな。ダリル・グレゴリイ「第二人称現在形」はテクノロジーアイデンティティの話で、個人的には好きなテーマ。ただものすごく新しいものはなかったように思う。
あとはまあ、ハンヌ・ライアニエミ「懐かしき主人の声(ヒズ・マスターズ・ボイス)」やコリイ・ドクトロウ「シスアドが世界を支配するとき」あたりはまあまあ、かな。2000 年代ってちょうど半端に古びて感じられるあたりでもあって、そこは読む時期的につらいところではあるかもしれない。

収録作品一覧(https://www.hayakawabooks.com/n/n2cb30ea7812d より):
「ミセス・ゼノンのパラドックス」エレン・クレイジャズ/井上 知訳★初訳
「懐かしき主人の声(ヒズ・マスターズ・ボイス)」ハンヌ・ライアニエミ/酒井昭伸
「第二人称現在形」ダリル・グレゴリイ/嶋田洋一訳
「地火」劉慈欣/大森 望・齊藤正高訳★初訳
「シスアドが世界を支配するとき」コリイ・ドクトロウ/矢口 悟訳
「コールダー・ウォー」チャールズ・ストロス/金子 浩訳
「可能性はゼロじゃない」N・K・ジェミシン/市田 泉訳
「暗黒整数」グレッグ・イーガン/山岸 真訳
ジーマ・ブルー」アレステア・レナルズ/中原尚哉訳★初訳