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『人之彼岸』 郝景芳著/立原透耶、浅田雅美訳 早川書房:新☆ハヤカワ・SF・シリーズ,2021-01-21

また読んでしまった郝景芳。エッセイ二篇と短編六編からなる作品集で、明確に人工知能をテーマにしており、冒頭にエッセイ「スーパー人工知能まであとどのくらい」「人工知能の時代にいかに学ぶか」二篇が並べられている。合わせれば 100 ページ以上にもなるこの両エッセイでは現状の人工知能の立ち位置と課題をさまざまなカテゴリやレイヤについて論じていて、既知のことも多かったけれどあらためて整理できたのはよかった。あまり詳しくない人が読むとちょっとつらいかもしれないが、そこを頑張って読めばけっこう幅広く AI 知識を仕入れられると思う。
「不死医院」。ほかの病院では手の施しようがない難病でも治療できるという評判の病院に、主人公は母親を入院させた。母親の容体は悪く、病院のセキュリティをかいくぐって内部に入った主人公はもう手の施しようのない母親の姿を確かに見る。ところが、数日後にすっかり健康体となった母親が退院してきた。あきらかにあの時病院で見た母親のはずはないのだが、ならばいったいこれは誰……というストーリー。技術と倫理のコンフリクトまでならそこまで珍しいテーマではないが、丁寧に描けているしそこからひとひねりが加わるプロットも面白い。はからずも先日読んだ『透明性』と重なるところもあって興味深く読んだ。考えてみるとこれもそこそこ楽観的な側を描いた作品ではあるけど、『透明性』よりはだいぶ地に足がついているかな。
「愛の問題」はロボットが殺人を犯したと思われるシチュエイションでの真相究明で、おっアイザック・アジモフか??なんておっさんらしい色めき立ち方をしてみたけどだいぶ方向性は違う。個人的にはあまり好きな方向性ではないけど、これはこれでという感じ。
「人間の島」は星間旅行を成し遂げた宇宙飛行士隊が 100 年以上ぶりに地球に戻ってみるとすっかり地球も人類も変わってしまっていた、という一種のディストピアもの。シチュエイションも展開も珍しいところはなくていささか冗長。後半ちょっと熱い展開になるが着地点もいささかご都合主義的かな。
最後に掲載されていた掌編「乾坤と亜力」がよかった。未だ三歳半の少年亜力(ヤーリー)を教育することとなった AI 乾坤(チェンクン)だが、その教育には密かに「乾坤が亜力から学ぶこと」の目標が設定されていた、……というもの。二篇のエッセイの内容とも関連するテーマで、これまたものすごく新しいテーマではないのだけど、AI が何を学ぶことが難しいか、どのようなことを苦手にしているか、というところにフォーカスしているので手触りがしっかりアップデートされた SF になっている。自分もこの歳になってなにかいろいろなものを前に見たことあるような気がするなどとぼんやりした認知でぶったぎってしまったりするが、こういう新しさはちゃんと新しいものとして評価できなければいけないかなと思う。

収録作品一覧(出典:Amazon なんか早川に見やすい一覧がないので……):
《エッセイ》
スーパー人工知能まであとどのくらい
人工知能の時代にいかに学ぶか
《短篇》
あなたはどこに
不死医院
愛の問題
戦車の中
人間の島
乾坤と亜力