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『家は生態系―あなたは20万種の生き物と暮らしている』 ロブ・ダン著/今西康子訳 白揚社,2021-02-19

家の中には、さまざまな生き物が住んでいる。もちろん、目に見える種類のものは限られているけれど、それでもけっこういるものらしい。特に窓枠とか見るといいよ、と本書には書いてある。おれはあんまりやろうとは思わないが。そしてもちろん、目に見えない生物はもっとごまんといる。細菌や真菌、それも大部分は名前すらついていないような微生物が、家の中にはうようよいる。ウイルスについては数えてすらいない。それで、平均すればヨーロッパの住宅で20万種、アジアの住宅はおそらくもっと多い、というようなオーダーらしい。
著者は熱帯雨林やアフリカなどで生態系の調査をしていた生物学者だったが、ある時期以降身近な環境の生物にも興味を向けるようになる。自分の研究室の学生が大学の裏庭でかつて成虫が発見されたことのなかったアリを見つけたのだ。自分たちはよく知っているつもりの環境を全然知らないのではないか。それから著者は全米や、あるいは世界の数ヶ国に協力者を募って、いろいろな生物の調査を始める。たとえば、シャワーヘッドの内側にはたいてい得体のしれないぬるぬるが生じて、そこには真菌が住んでいる。各国の調査者に自分の家のシャワーヘッドを外してもらい、そこからぬぐいとったぬるぬるを送ってもらう。部屋の隅にたまったほこりを綿棒で拭って送ってもらう(これはISSやミールまで調査対象を広げていて面白かった)。米国各州の家に住み着いているカマドウマについて、どんな種類のやつが住んでいるか報告してもらう。なにがわかるか? 思いもかけない発見がある。
シャワーヘッドにはけっこうたちのわるい菌が住み着いているらしい。高温+流水とそこそこに厳しい環境だが、だからこそそのニッチに合致する、非結核性抗酸菌というやつらが生き残るらしい。その中には毒性の高い奴が混じっていたりするらしくまあまあ馬鹿にできないとのこと。樹脂製のシャワーヘッドが、金属製と比べれば非結核性抗酸菌が繁殖しにくいんだそうだ(金属製だと他の細菌が死にやすいから)。とりあえず一度開けてみようかな……みたいな気持ちにはなる。
家の中の細菌の分布は相当地域差が大きいのだそうで、どの地域に住んでいるかということが家の中の細菌の種類と一番相関があるらしい。あとはもちろん家そのものの形態や生活スタイルに大きく左右され、開放的な環境であれば種類も多くなり、土から離れるほど細菌の種類は少なくなる。ただ、細菌が少なければいいかというとそうでもなく、むしろ細菌が少ないほうがアレルギーの発症率は上がるらしいことはどうやら確からしい。もっともこれについては実験をするわけにもいかず、さりとて細菌の種類数以外の条件が同じである集団というのを見つけることも難しいため、検証自体が非常に難しいようだ。本書で挙げられている研究はけっこう頑張っていると思うので、興味がある人は読んでみてほしい。
カマドウマはなんと日本から渡ってきた種が米国で幅をきかせているのだそうだ。(米国の)在来種に比べて身体が大きく、おそらく100年ぐらい前にどうやってか米国に入り込んでくると、文字通り人知れず版図を広げ、いまや最大勢力になりつつあるらしい。しかしこの身近に思えるカマドウマ、生態は文字通り全くわかっていないに近く、なんと何を食べているのかも不明だとか。そんなことある?? まあ、世界にはまだまだわかっていないことだらけ、ということなのかもしれない。

正しい知見なのか著者の主観なのかはわからんけど、いろんな細菌とか微生物に触れたほうがアレルギーとか特定の病気とかにはなりにくいよという主張が複数回登場するのが印象に残った。おれも個人的にはそういうのわりと信じてる質なんだけど、どうなんだろうね。