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『人間たちの話』 柞刈湯葉著 早川書房:ハヤカワ文庫JA,2020-03-18

横浜駅 SF』で鮮烈なデビューを果たした著者の短編集。横浜駅 SF が 2016 年暮れ、『重力アルケミック』が 2017 年、『未来職安』が 2018 年なので順調に出てるなーと思ってたのだけど、そのあとは漫画原作が続き小説としては久しぶりの著書ということになる。収録作には少し古い作品も含まれていて、書かれた時期には若干幅があるようだ。全部で六篇を収録。
「冬の時代」は寒冷化した地球の、日本と思しき地域で展開される物語。物語の途中という感じで、この世界設定でのもう少し長い話を読んでみたくなる。あとがきによると椎名誠作品の影響を大きく受けているそうなのだが全然わからなかった。まあおれ『アド・バード』しか読んだことないからな。とはいえ言われてみると確かに『アド・バード』と通じるところも少々あって、へえ、という感じ。「たのしい超監視社会」は『1984 年』の向こうを張ったディストピア SF で、これは着眼点がよかった。おたがいにチャンネル登録しあうというのはおたがいに監視しあうのと相似ではないか、という一点から世界観をつくり上げていて、これももう少し長い物語で見てみたかった印象。「人間たちの話」は生命の定義をどこまで広げられるかということがネタの起点になっていて、それ自体は昔からよくあるやつなんだけど、理屈とは別に感情的にそれを生命だと思うかどうかという観点と、主人公の生き方を重ねて描いていて、そちらがむしろ主題になっている。とここまで書いておいてあれだが個人的には奇想自身が主題になってるほうが好きだったりする。「宇宙ラーメン重油味」は摂食をする生物相手ならどんな相手でもうまいラーメンを喰わせてみせるというラーメン屋の物語。ばかばかしさとそこそこのディテールのバランスがよくて楽しく読めた。初期の梶尾真治とかにありそうな感じがする。「記念日」はマグリットの作品に影響を受けたという一品で、ある日突然一人暮らしの主人公の部屋に巨大な岩が出現して――というシチュエイションもの。残念ながらこの出だしがピークかなという感じはあった。「No Reaction」は一人称で語られる透明人間の生活をユーモラスに描いた作品で、なんとなくみんなぼんやり憧れる「透明人間」が、さまざまな制約に縛られていてなかなかつらいよというような内容。これは作家デビュー前に書かれたらしいが、なんか普通にうまくてこなれてるし、ユーモアもありつつ哀愁があってよかった。
ものすげー、次も絶対読もう、という感じではないのだが、なんかよかったな、次も読もうかな、とほんのり思わされる作品群だった。自作も気長に待ちたい。