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『グッバイ・ハロー・ワールド』 北村みなみ著  rn press,2021-06-18

兄が誕生日のプレゼントにくれた漫画。これはとてもよかった! レトロフューチャーというか、年代不明のシンプルな可愛い絵で展開される SF 短編。WIRED 日本版*1で連載されていたため、各回が雑誌のほうのテーマにリンクしている。最新のテクノロジーや現実世界の諸問題とさらっとリンクしつつ、ちょっといい未来、あるいは辟易するような未来、その間のどこかの未来、を軽やかに描く。
「3000 光年彼方より」は人類の最後のひとりになってしまった主人公の話。もはや絶望もせずルーティン通りに死ぬまでの日々を過ごそうとしていたある日、主人公はひょんなことから埋もれていたメールを発見する。書かれていたのはどうということはない物語だったが、データが破損していて途中から読めなくなっていた。それだけの発端から主人公の人生が転回するさまが見事で、前半の淡々とした終末描写もこのためだったのかと思える。
「サマタイム・ダイアリー」は MR 技術が当たり前になった未来の話。そこそこの田舎(作者の故郷がモデル、かもしれない)に住む主人公は小学校に微妙になじめずに日々を送っていたが、ある日ヴァーチャル映画館で同級生と思いがけず出会い、話すうちに意気投合して趣味や性向が自分と近いことを知る。しかし彼は遠い都会に住んでいて、わけあってリモートで通学しているのだ。淡い心の通い合いが大胆な一歩につながり、それがふたりの未来を変えてゆく。少ないページで対比と変化を描き切る構成力が見事だ。
「点滅するゴースト」はなにもかも人並み以上にできて、様々なものを持っている主人公がある疑念に苛まれる話。案外人間こんな風になるのかもしれないな、と思わせる妙な説得力があっておれは好きだが、展開は人によって好き嫌いが分かれそう。
「幸せな結末」は結婚式場を選んでいるカップルの幸せそうな一コマから始まる。一見どこにでもいるカップルだが、やがて男性のほうの抱えている事情が読者に明らかにされていく。ふたりは歩みを進めていくが、とうとう……。将来こんなこともあるのかと思わせる迫真の設定と、それが当たり前のものとして描かれること、そしてそれを踏まえたうえでのさらに少し未来の世界が、多いとは言えないページ数できっちり描かれていて素晴らしい。
「リトルワールドストレンジャー」はやはり AR/VR 技術が発展している世界だが、「サマタイム・ダイアリー」よりさらに極端になっていて、人々はほとんど身体を動かさなくなり、自分の部屋で大半の時間を過ごしている。外に出かけたくなった時には小さなロボットを使って疑似体験をする。ところがそこへ思わぬ“訪問者”が現れる。これも「サマタイム・ダイアリー」と同じ方向へ着地していくところがちょっと予定調和的だとは思うのだけど、読んでいるとやっぱりこうでなくっちゃとも思う。疫病禍でますますこの感覚は強くなっていると思うし、それは人間のサガとでもいうべきものなのだろう。
ともあれ楽しくてちょっと切なくて、でも素敵な作品だった。表紙を見てこういうの好きかもと思った人なら多分読んで損はしない。

収録作品:3000光年彼方より/さいごのユートピア/点滅するゴースト/サマタイム・ダイアリー/終末の星/幸せな結末/リトルワールドストレンジャー/来るべき世界/夢見る電子信号

*1:よく知らなかったので調べたが、いまは年四回刊で紙で出ているらしい。WIRED なのに紙、という辺りがいまのこの雑誌の立ち位置を如実に示しているように思う。