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『わたしたちが光の速さで進めないなら』 キム・チョヨプ著/カン・バンファ、ユン・ジヨン訳 早川書房,2020-12-03

韓国の若手作家による、SF 短編集。七篇が収録されている。いずれも派手さはないがアイデアをうまくストーリーに組み込んでいて、なかなかよかった。
「巡礼者たちはなぜ帰らない」。その世界の若者はある年齢になると全員旅に出る。そして一定の期間が経つと戻ってくるのだが、まだ巡礼に出る前の年齢である主人公は、あるとき旅立った者たちが全員は戻ってきていないことに気がつく。巡礼で何が起きているのか。やがて主人公は旅立つ年齢になり、仲間たちと巡礼に赴くことになる。それははるか遠くの別の世界への旅だった……という前半のプロットから、そのふたつの世界の関係と意外な成り立ちが明かされていく後半への展開がなかなか見事。
スペクトラム」。異星にひとり取り残されるというシチュエイションのファーストコンタクトもので、世界自体にはさほどの新味はないが、住人のありかたが面白かった。
「共生仮説」。リュドミラという名のアーティストは、とある惑星を舞台にした一連の作品で一躍世界的に有名になった。その惑星はまったく地球とは違うことが明らかであるのに、見た者はみな何故か強い郷愁を覚えた。一方、幼児がどのように社会性を身につけるかの研究を行っていたグループは、幼児同士のやりとりのなかに意味のある信号を見出す。それは本来であればその年齢の幼児には絶対にあり得ない、高度な精神活動だった。そのふたつの事実が驚くべき形で結びつく、アイデアが面白い作品。
「わたしたちが光の速さで進めないなら」。あるさびれた宇宙ステーションにたたずむ老女。ステーションの見回りに来た男は老女の半生を聞かされることになる。老女はディープフリージングという、かつて深宇宙旅行に不可欠だった技術を確立した科学者だったのだ。技術の革命的な進歩に伴って取り残されてしまう者に郷愁と感情を寄せて描かれた作品だが、正直あまり新しさはなかった。
「感情の物性」はそれを持っていれば特定の感情が味わえるというアイテムが実用化されて売り出されたら……というワンアイデアの作品。ありそうでなかった着眼点で、作者も気に入っているらしく、あとがきによるとこの設定でもう少し長い話を書いてみたいとのことだった。本作は少し起伏に乏しい印象。
「館内紛失」。亡くなった人の人格構造体がソフトウェアとして図書館に収蔵されるようになった未来。主人公は母親の構造体と話しに図書館へ行くが、なぜか見つからないと言われてしまう。それを見つけるために主人公は母親の人生の痕跡を思いがけず探すことになる。タイトルにもなっている“館内紛失”と、それを見つけるために必要となるものとの設定がやや恣意的と感じたが、主人公が少しずつ母と向き合っていく過程が丁寧に描かれている。
最後は「わたしのスペースヒーローについて」。母の親友であった宇宙飛行士チェ・ジェギョンのあとを追うように宇宙を目指す主人公。しかしジェギョンは大きく報じられていたように爆発事故で命を落としたのではなく、もっと奇妙なやり方で姿を消していたことを知る。動揺しながらも訓練を続ける主人公だったが、ジェギョンの娘であるソヒとも話したりするうち、自分の向かうべき道を見出していく。
全体的には若い作者による作品だなという感じで、でも決して稚拙ということではなく、その感じも含めてよかった。