黄昏通信社跡地処分推進室

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『深海学-深海底希少金属と死んだクジラの教え-』 ヘレン・スケールズ著/林裕美子訳 築地書館,2022-06-10

深海についていろいろ書かれた本。そもそも深海とはどれぐらいの深さからか、そこにはどんな生物がいるか、どんな風に人間はそこに触れてきたか、という自然界としての深海の話と、近年注目されつつある深海底の資源とその開発に関する話とに大別できるかな。
で、ありがちだけど前者のほうが面白い。深海というと水圧が高すぎるためにろくに生物が住めない不毛の地、みたいなイメージがかつては強かったと思うのだけど、いろいろ調べているうちにどうもそうでもないらしいとわかってきた。もちろん浅い海のようにいろいろな生物がたくさんいるというわけにはいかない。しかし、深さごとにさまざまな生物がニッチを見つけ、それに適応して暮らしている。面白いことに、高い水圧に適応するためにそれらの生物の多くはしばしばゆるい構造を持っていて、水上に引き揚げるとぐずぐずに崩れて指の間からこぼれ落ちて行ってしまうものが少なくないらしい。なかなか研究が進まないらしいがむべなるかな。
鯨骨生物群集の話が出ていたのはよかった。鯨は死ぬと死体が海底まで沈降する。これが深海まで到達すると、普段は栄養素の乏しいところに突然大量の栄養の塊が投下されることになる。これを様々な生物が順々に分解していくのだが、その際に数多くの「そこにしかいない」生物たちがあらわれる。どこからともなくあらわれて、共生細菌の力を借りたりしながらどんどん鯨の骨を分解していく。まだまだわかっていないことも多いのだが、なんともわくわくする話ではないか。そう都合よく海底に鯨の死体が沈んでるもんでもないので、海岸で座礁した鯨の死体を投下して観察するというのは定番の手法になっているらしい。フロリダではワニの死体でもやっていて、やっぱりいろんな生物が群がるんだそうだ。
それと、熱水噴出孔の生物たち。熱水噴出孔は温度といい溶解している物質といい周囲の海水とは全く違う環境なのだが、それでも生物は棲んでいて、というかそこにしかいない生物が見られたりする。噴出孔はどこにでもあるわけではなく、何千キロと離れていたりするわけだが、双方に同種の生物がいたりして面白い。どのようにそれらの生物が分布域を広げていったのかはわかっていないようだ。

後半は主に海底資源と、それによる環境破壊について書かれている。たとえば海底のレアアースとかさらっていくとそこの生物はやっぱりめちゃめちゃにされちゃって、回復には長い時間がかかるとか、開発を規制する制度はあるにはあるけど、利益相反が発生していていまいち機能していないとか。こういう話も大事だし、もちろん知らなかったことばかりなんだけど、しかしこの本で読みたい内容かと言われるとそうでもないんだよな。単独では読まれないような内容だからここに書いたのかもしれないけど、そうだとするとちょっと分量が多すぎると思う。こないだ読んだ『脳は世界をどう見ているのか』でもおんなじようなことがあって、ああ、オピオイドの本でもそうだったかな。後半は前半を受けて社会問題としてそのテーマについて描く、みたいなのが最近の本の作り方の一種のセオリーになってるのかもしれないという印象がある。そしてあんまりそういうのが好きじゃない。そういうパートは最後の一章ぐらいでいいと思うんだよ。