黄昏通信社跡地処分推進室

黄昏通信社の跡地処分を推進しています

スピードの絶対値ってなんなんだ(その3)

もう絶対値とはほとんど何の関係もなく、ローエングリンの話をします。おれローエングリン大好きなので。天皇賞でも本命にするほどなので。
ローエングリンのスピードの絶対値がすげえ(あ、一応関係あった)、ってのは誰しも思ってるところだろうと思います。今でも語り草になる「天皇賞と0秒6差」の新馬戦や、マイラーズカップのレコード勝ち(あれレコードじゃないんでしたっけ)。具体例をあげるまでもなく、スピード豊かなレースぶりは非常に印象的です。それと同時に、この馬が持ってるスピードベクトルの向きってのは殆ど一方向しかないんだな、というのもまた、何年か見てきてみんな思い知ったところだろうと思います。
それで、この間こんなことを書きました。


ローエングリンは結果的にG2辺りが凄くはまるポジションになってしまっている。絶対能力は上手くはまればGI届くぐらいはあると思うのだが、おそらくそれは決してはまらない。のだと思う。
これはつまり、スピードベクトルの絶対値(矢印の長さ)はことによると、GIの勝利曲線の中心に一番近い部分(一番凹んでいる部分)ぐらいまでなら届くぐらいの水準にはあるが、向きがあまりにも限定されているので実際には勝利曲線に届くことはない、ということになります。今更不安になるのもあれですが、これ、わかりやすくなってますか?
で、なんとかローエングリンのベクトルの向きを変えようと試みた騎手も居ました。そう、先日引退した名手・岡部幸雄です。岡部はローエングリンに5回騎乗しています。実は5回とも逃げているのですが、暴走した菊花賞を除けば、押さえて逃げること、折り合いをつけて逃げることを教えようとしていました(菊花賞でも教えようとしていたのかも知れませんが今となってはわかりません)。しかしローエングリンの頑なさは半端ではなく、スピードベクトルの向きはちっとも変わらず長さだけがちょっとずつ短くなりそうな気配でした。乗せ続けなかったのは正解だと思います。
ここが実に難しいところで、「高い絶対値のスピードベクトルを持っているのに、向きが不利であるために活躍できない」馬は時折見られますが、こういう馬のベクトルが絶対値を保ったままぐるりと有利な向きに回ることはまずありません(というか、簡単に回るんならそんな馬にはなっていません)。結局矯正の手順としては、不利な向きのベクトルを叩いて抑え込んで縮めてゆき、しかる後に伸ばしたいところを伸ばしていく、となってしまうのでしょう。そうであれば、必ず少なくとも絶対値が低くなる瞬間が存在します。さらに、そうしたところで望ましい方向に伸びる保証はないわけです。
おそらく年齢を重ねれば重ねるほど、レースを重ねれば重ねるほど、スピードベクトルの向きは変えにくくなります(ダッシュがつかなくなって脚質が変わる、なんてこともありますが)。ローエングリンはもう向きを変えることはできないでしょう。そしてその向きでGIに手が届くことはおそらくないでしょう。ただ、世界中探せばこの向きこの絶対値のままでも取れる大レースはひょっとするとあるかも知れません。そういう意味では、もう結構いい歳ではあってもこの馬に遠征を諦めて欲しくはありません。無理しないで欲しい気持ちもありますが……。
岡部を乗せ続けなかったのは正解だ、と書きましたが、岡部を責める心算はありません。この騎手は、可能な限り馬のスピードベクトルを有利な方向に向ける戦略で結果を残してきました(若い頃は必ずしもそうではなかったと思われますが)。根気強く、上述したようなリスクを負いながら、スピードの絶対値を上げなくても少しでも勝てる確率が上げる努力を続けてきたのです。並みの騎手には到底成しえない業と言えるでしょう。
さて、そういうわけで、次は騎手の話。いよいよ、絶対値関係無し。