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カー消し戦記 (3)

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ダブルエックスを引退させてから、おれはソアラカローラを主に使っていた。薄っぺらくてパワーがないが、その分飛ばされにくいしデカブツの足元もすくいやすく、抜群に使い勝手のいい車だった。あと、ありふれてて取ってもあんまり嬉しくないのでわりと狙われづらい。試行錯誤の末満足の行くパワーの発射台を作り上げてからは、少なくとも取った車の方が取られた車よりは多かったと思う。
カー消しのバトルロイヤルごときに腕もくそもないんだけど、そこはそれ、あらゆる遊びにはこつ程度のものはある。たぶん周りの平均よりは、おれはそのこつをつかんでいた。といっても経験的にわかるようなことなんだけど。
相手を一番飛ばせるのは、自分の車と相手の車が真横にぴったり並んだ時だ。接している面が最大になり、発射台の力が相当強く伝わる。次にいいのは自分の車の前面ないし後面が相手の車の側面(中央部がベスト)にやはりぴったりついている時。平行や垂直は相当いい形で、距離が多少離れていても結構飛ばせた。
逆に距離は近くても位置関係が斜めだと飛ばしづらい。自分の車の向きを変えるように滑らせて、衝突の瞬間に接している面積が大きくなるようにするのがこつなのだけど、結局のところそれほど飛ばせない、という場面も少なくない。最悪なのは平行になって止まってしまうことだった。バトルロイヤルだから、お茶を濁すような動きが重要な場面も少なくなかった。
大技らしい大技はなかった。唯一、自分の車が机から半分はみ出してしまった時には「ジャンプ」という起死回生の技が使えたが、これは見よう見真似で誰でもできる上に、狙って使う技では決してない。ただいい車といい発射台を揃えて、あとは基本に忠実なプレイングを心がけるしかないのだ。
それでも、というか、それだからこそ、というべきか、上手い奴とそうでもない奴の差は確かにあったと思う。上手い奴と戦う時がやはり面白い。それはバトルロイヤルでさえそうだった。
中でも一番印象に残っているのが、T尾という男だった。こいつは自分の車が落とされそうになると踊りだして相手の集中力を削ごうとするというおかしなというより殆ど可哀想な性癖を持っていたのだが、このゲームをよく理解していて、強力な発射台を持っていて、とても勝負強かった。
ある時おれが真赤なダブルエックスを手に入れて、勝負に投入したことがあった。それを見るなりT尾は目の色を変えて、「絶対落とす」と宣言した。(2) で述べた通りダブルエックスは弱い車ではない。おれも下手ではなかったし、むざむざやられる心算もなかった。ましてバトルロイヤルで、他に何台も車が居る状況だった。にもかかわらず、ダブルエックスは本当にT尾に落とされてしまった。そういうことができる奴だった。
そのT尾が、当時手に入れることのできない強い車(事情は (1) 参照)を一台持っていた。紫色のセリカ 2000GT で、バランスのいい大きな身体と理想的な摩擦を持つまさに最強の車で、T尾が駆るセリカは文字通り無敵を誇った。誰もがセリカを最強の車と認め、誰もがセリカを落としたいと望み、それでもセリカは負けなかった。
だが流石にT尾もプレッシャーを感じていたのだろう。毎日開催されるバトルロイヤルには、なかなかセリカを出して来なくなってしまった。共闘して落とされることこそ考えづらかった(止めを刺した奴のものになってしまうため、最初に手を出す奴にメリットがなく動きようがない)ものの、なにが起きるかわからないバトルロイヤルで全員を敵に回すのは流石にしんどかったのだろう。
おれは、T尾にさしの勝負を提案した。セリカ 2000GT を出してくれ、と。持たざる者だったおれにそれに見合う駒は差し出せなかった。
それでも、奴は勝負を受けた。出番の減ったセリカで存分に戦ってみたかったのかも知れない。あるいは、おれの腕をある程度認めてくれていたのかも知れない。でも、それ以上に奴はこれを面白そうだと思ったんだと思う。純粋に、ただ単純な、ゲームとして。
5分休みに、おれはT尾とふたり、机を挟んで対峙した。
次回、最終回。