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『さよならピアノソナタ』 杉井光 電撃文庫,2007 ISBN:9784840240710

杉井光の6冊目。打ち切りになった『火目の巫女』、継続中の『神様のメモ帳』と既にふたつのシリーズをものしている作者だが、今作はいずれのシリーズとも別の新作。ふつう作品ごとに題材が別なのは当たり前だけど、ライトノベルの世界ではそうでもない気がする。
音楽評論家の息子ながら演奏する方はさっぱりの主人公が天才ピアニストの少女と出会い、音楽や楽器を通して心を通わせてゆく物語。登場する楽器は主にピアノとエレキギター、そしてベースギター。登場する楽曲はクラシックとロックンロール。
途中まではバンドもののフォーマットに近い展開を見せるが、幼馴染みがややステロタイプな一方で先輩が頭おかしくていい味を出している。恋と革命、だなんて中村屋のカレーかっ。先輩が登場してから中盤のクライマックスまではなかなか読ませる展開になっていて、個人的にはかなり好きだ。
その中盤のクライマックスはこの作品の最も優れたパートで、おれはそこに登場する曲を知らないのだけど、それでも問題なく面白い。音が聞こえる、とまでは流石に行かないけど、イメージがきちんと湧くのは凄いことだ。音楽を文章に落とし込むのは本当に難しい。これほどのレヴェルで文章化できる書き手は案外居ないのではないかな。先輩の解説もはまっているし、シチュエイション全体の説得力が高かった。
そこまでに比べると、後半がやや色褪せて見えるのは否めない。脇役たちが後景に退いて、主人公とヒロインのエピソードになるのだけど、いささか凡庸だし音楽も話の核から少しずれてしまっている。悪くはないのだが、中盤までの展開には及ばない。あっさりとした希望の残るラストはわりと好き。
光るところはあるのだが、全体としては『神様のメモ帳2』に比べると少し落ちるというところかな。