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『鹿男あをによし』 万城目学著 幻冬舎文庫,2010-04

鹿男あをによし (幻冬舎文庫)

鹿男あをによし (幻冬舎文庫)

テレビドラマ化もされた、作者の出世作――というにはデビュー作から名が知れていた気もするが、代表作のひとつ。いま調べたらドラマの主演は玉木宏綾瀬はるかだったそうで、なかなか贅沢ですねえとは言わざるをえない。
主人公は大学院生だが、研究室の主に人間関係のトラブルで休学する羽目になり、その間奈良にある私立の女子校に2学期の間だけ教師として赴任することになる。しかしいきなり挑む教師業が最初からうまく行くはずもなく、こちらでもつまづいてしまう。断れずに引き受けた剣道部の顧問では姉妹校三校の対抗戦に絶望的な戦力差で挑むこととなり、さらには鹿と狐と鼠の争いにまで巻き込まれてしまう。


坊っちゃん』とシチュエイションなど少しだけ似ているのだがこれは作者も意識しているところのようで、作中で主人公自ら「坊っちゃんみたいになってきた」みたいなことを言う場面がある。このあたりはご愛嬌というか、それほど意識してなぞったということではなく、ただ書いてみたらまあいくらか似てるのでいちおう言及しておこう、ぐらいの感じだったのではないかと思う。


前半のクライマックスとなる剣道の対抗戦がよく描けていて盛り上がり、普通に上手い。おれは剣道のことはほとんど全く知らないが、その立場からすれば説得力のある戦いになっている。そこから物語が転回して核心に向かっていくのだけど、出来事としては地味なのにちゃんと面白いし、主人公の危機も妙な切迫感があってよかった。


結構大胆な非現実要素が組み込まれていて荒唐無稽な話なのだけど、主人公の境遇や周囲の人物などに妙なリアリティがあって、物語を現実世界と地続きのところにつなぎ止めている。また、主人公の実家の場所みたいな細かくて地味な伏線がうまく張られていて、終盤の展開もなんとなく納得させられるところがある。
作者の作品を読むのは『鴨川ホルモー』『プリンセス・トヨトミ』に次いで三冊目だけど、その中では本作が一番面白い。