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『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』 キャスリーン・フリン著/村井理子訳 きこ書房,2017-02

ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室

ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室

書かれた経緯が面白い。著者は 36 歳になってからル・コルドン・ブルーに入ってフランス料理を学んだというユニークな経歴の持ち主なのだが、ある日スーパーマーケットで冷凍食品とできあいのソースの類ばかりをかごいっぱいに買っている若い女性を見かけ、どうしてもひとこと言わずにいられなくなってあとをつけてまで声をかけてしまう。女性は恥ずかしそうに応じる。自分は料理ができないからこうするしかないのだと。
著者はそれをきっかけに、料理ができない人のための料理教室を始めようと思い立つ。本当に基礎から、できあいのものに頼らないで済むだけの技能と知識を身に着けるための、ささやかな教室だ。場所は近所の施設を借りて、先生は著者とアシスタントの友人ひとり、それと回によってはゲストの料理人がもうひとり。そこに集まった生徒たちは、さまざまに「料理ができない」十人の女性たちだった。
教室のほうは、本当に包丁の持ち方、野菜の切り方というレベルから始まる。いろんな種類の塩を買ってきてみんなで舐めてみて味をくらべる、なんていう体験がさしはさまるところがユニークだ。これ、おれは微妙にぴんとこなかったんだけど、アメリカではどうもいろいろ添加物の入ってる塩がそれなりに一般的なのかな(まあ日本にも「アジシオ」とかあるか)。そして成分表示を見てなるほどこういうものかと理解する。こういう経験こそが加工食品の問題点を腑に落ちさせるのかもしれない。
著者は教室の開始と前後して生徒たちの家を訪問し、その時点でできる料理を振る舞ってもらう。生徒たちは料理ができないという点で共通している。そしてそれに罪悪感を抱き、なんとかしようと思って食材を買ってきて、それを冷蔵庫にぱんぱんに溜め込んでいる。このままじゃいけないと思っていても、どう踏み出していいのかわからないのだ。それを解きほぐしていく過程と、毎回けっこう楽しそうな教室(でも暑いって描写がとにかく何回も出てきたからほんとに暑かったんだと思う、暑いのはいやだな……)の様子がうまく噛み合っていてそこがよかった。そんなに難しいことができなくても、料理は楽しいしおいしいし、身体によくて安くつく。別に毎日やらなくてもいい、得意な料理ひとつを時々やるだけでも全然いいんだ――言葉にしてしまうと簡単だけど、そこになかなかたどり着けない人はアメリカですら多いのだなあと思うと人間の悩みってやっぱり洋の東西を問わないものなのだなと思う。
著者がところどころで自分の隙を見せるやり方もうまくて、たとえば「あれ? 塩小さじ一杯って何グラム?」ってなってあわてて量ったりとか、ゲストの料理人に「トマトは絶対に冷蔵庫に入れちゃだめ」って言われて「まずい。あのトマトを冷蔵庫に入れたのは私だ」なんて書いてたり、一流の料理学校で習ったひとでもこういうことあるのねーという感じがよかった。あざといって思う人もいるかもしれないけど。
というわけで、読むとちょっとちゃんと料理やろうかなって思える一冊でした。わりとおすすめ。


ところでこの日本語の書名はちょっとどぎついよねー、と思うのだがやはり売れるためにはこれぐらいした方がいいんだろうか。原題は「The Kitchen Counter Cooking School」で、これはこれでえらい地味だなと思う(kitchen counter の部分になんらかのニュアンスがあるんだと思うけどわからず)。訳者の村井理子はおれの中では「ぎゅうぎゅう焼きのグル」。