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『嘘と正典』 小川哲著 早川書房,2019-09

嘘と正典

嘘と正典

  • 作者:小川 哲
  • 発売日: 2019/09/19
  • メディア: 単行本
『ゲームの王国』でいきなりすさまじいデビューを果たした小川哲の短編集。どんなものが飛び出してくるかと思ったがあそこまでの凄みはなく、しかしどれもなかなか面白かった。「魔術師」はマジシャン親子の話で、わりと最近『魔法を召し上がれ』を読んだこともあって興味深く読んだ。あちらが魔術師の手技や技巧を鮮やかに描いていたのと比べると華やかさはないが、しかし時を超えた仕掛けと狂った執念を描いて面白い。なんとなく、偏見も混じっているけれど、マジシャンってこういう人けっこう居るんじゃないかという気がするのだよな。そしてそれを確かに居るように描き出す書きっぷりは見事だ。「ムジカ・ムンダーナ」は父から託された曲を探す主人公を通して音楽の力と可能性を描き出す一編。冒頭の設定がぐっときて物語に引き込まれるし、全編にわたってかなり贅沢にアイデアが注ぎこまれていて楽しい。「ひとすじの光」は競馬が題材で、おれも見ていた頃の競走馬が出てきてそれはちょっと面白かったが、物語としてはもうひとつというところ。「最後の不良」は既読。悪くはないんだけどという程度。表題作「嘘と正典」は分量的にもテーマ的にもこの短編集の中心となっている作品で、ざっくり言えば歴史改変なのだけど、ここに干渉するかという題材を持ってきていて、そこのディテールと改変の影響が実に面白い。こういうところが著者の持ち味なのかもしれないと思う。
なかなかよかったので、次作が出ればまた読みたい。