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『元素創造 93~118番元素をつくった科学者たち』 キット・チャップマン著/渡辺正訳 白揚社,2021-08-12

原題は"Superheavy"。この言葉は超重元素を指すので厳密には原子番号 104 番ラザホージウム以降の元素を指すが、本書で扱う内容はもう少し原子番号の小さいウラン以降の元素の発見の歴史だ。かつて世界にはウランまでの元素しか存在しないと考えられていた。だが実際には原子同士をぶつけるとまれに別の原子が生成できることがある。原子核がくっつけば核融合原子核が割れれば核分裂だ。作りたい元素と上手く陽子の数が合うように原子同士をぶつけて、その核がくっついてくれれば新元素が誕生する。もちろんそう簡単には行かない。原子核には多数の陽子が含まれているから原子核同士は電気的に反発するし、その反発を乗り越えて原子核同士をぶつけるためには高いエネルギーを加えなければならない。つまりめちゃくちゃ加速しなくちゃいけないってことだ。
冒頭に登場するフェルミを皮切りに、各国の、元素発見において大きな役割を果たした物理学者たちが次々に登場し、さながら核物理学者列伝のように展開する。各国それぞれに実験体制、施設、環境、予算などが違う中、新元素の発見に血道をあげるさまは大変面白い。トップランナーは十年単位の周期で入れ替わり、常に覇権でありつづけられる陣営はない。そして元素発見はだんだんゲーム的になっていく。ウランのちょっと先ぐらいはともかく、原子番号が大きくなるにつれて作るのは難しくなり、半減期は短くなり、検出すらも困難になっていく。それに反比例するように実用性も下がっていく。冷戦時代は国家の威信がかかっているという側面もあったが、ソ連が崩壊してしまうとそれも弱くなる。
本書の最後のほうに日本の理研も登場する。言うまでもなくニホニウムの話だ。長年の悲願であった新元素の生成と発見に日本はついに成功する。だが、本書を読む限り成功に至った最大の理由は理研が他のどこの国よりも多くの時間を新元素だけに費やせたから、ということになる。他の国では加速器にはさまざまな用途があって、基本的には一銭にもならない新元素の生成にはなかなか使わせてもらえない。理研はちがう。100% 新元素の生成のために装置を使えるのだ。それってけっこう悲しいことじゃないか? いやニホニウムって名前を元素につけられたのは誇るべきことだと思うのだが、その装置を使わなきゃならないような実験は他になにもできてないってのはまあまあやばいんじゃないのか。
まあそれはさておいていろんな学者とエピソードがじゃんじゃん出てきて読みやすいし訳もこなれてるし面白かった。元素の生成ってのが全体としてどんなもんか知れるので、そういうのに興味がある人にはおすすめしたい。ただ、原子が陽子と中性子と電子からできてて陽子の数が原子番号ってやつで、ぐらいは知ってるほうがいいかもしれない。あと、崩壊系列がどんなもんかわかってると、特に終盤、なにをもってその元素が生成できたとわかるのかみたいなところで理解が早いと思う。