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『大聖堂』(全3巻) ケン・フォレット著/矢野浩三郎訳 ソフトバンククリエイティブ:SB 文庫,2005 (上)ISBN:9784797332568 (中)ISBN:9784797332575 (下)ISBN:9784797332582

これは面白かった。12 世紀イングランドの、ある大聖堂をめぐる物語。数人の人物を中心に据えて、当時の民衆の生活や修道院での生活、また社会状況などが活写される。中世について大したことを知ってるわけじゃないけど、様々な描写に説得力が感じられて、結果的に人物や物語にもそれが伝わっている。
全体のトーンとしては暗く、無慈悲な自然と理不尽な政治に彩られた世界だが、いろいろな階層・立場の者から丁寧に描かれていて単純にそれだけでも面白い。この灰色の背景が人の営みの持つ明るさや暖かさを少しだけ強調する役割も果たしている。
登場人物全員に結構はっきりした欠点があるのが凄いところで(現実世界では当たり前だが実際書くとなるとそれなりにストレスがたまるし中々大変だろうと思う)、視点が変わるたびに他の人物の欠点が浮き彫りになるような描き方をしている。あからさまな「悪役」ではないもの同士でも反目や衝突が当然に起こり、それが物語に動きを与えている。
それでも根本的な立ち位置は明らかなので感情移入はしやすい。個人的には宗教にそれほど強い思い入れはないのだけど、読んでいると修道院長の立場になってしまうのは自分でもちょっと面白かった。それでいて、教会を決して信用しないエリンにももちろん共感はできたり。
そして大聖堂とその建築過程の描写の凝っていること。本来建築は文章とそれほど相性のいいものではないと思うし、実際流石に読んでいてもすっと理解するのは難しいのだが、作者が 10 年かけて各地の大聖堂を巡ったというだけのことはあって、美しい姿へのこだわりが感じられた。邦題を『大聖堂』としたのはとてもよいと思う。(原題は“The Pillars of the Earth”で、直訳すると「大地の柱」となる。)
原書の初版は 1989 年とのことで、邦訳が出て新潮文庫になり一度は絶版、という経緯を経ながらもう一度世に出ることになったのは物語自身の力だろう。とはいえソフトバンクの担当者には敬意を表したいところではあり。あと訳がいいというのも書いておきたいところ。古風な用語をちりばめながらきちんとした日本語に落としこんでいる。
少し堅苦しい題材だが、構えずに読んでも充分楽しめる。貸してくれた姉に感謝。