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『空洞地球』 ルーディ・ラッカー著/黒丸尚訳 ハヤカワ文庫SF,1991 ISBN:9784150109424

ラッカー十番勝負その8。
以前時空の支配者の話を書いたときに、Tから「ラッカーの代表作ってなんなんだろう」ってコメントが付いていて、その時に挙げられていたのが「時空の支配者か空洞世界(ママ)」だった。おれは『空洞地球』は一度読んであまり好きになれずそれきりにしていたので、「時空の支配者か“ウェア”シリーズあたりじゃん」と返したのだが、今回久々に再読してみたら面白かった。
舞台は 1830 年代のアメリカ合衆国。主人公メイスン・レナルズはあるきっかけから殺人を犯してしまい、逃げるうちに尊敬する作家エドガー・アラン・ポウと出会う。ポウのもとに転がりこんだレナルズは、やがて地球内部の空洞へ赴く旅に発つことになる。気球を積んだ船に乗り、いざ南極へ向かった一行を待ち受けていたのは……というような話。この本自体はレナルズの手記をラッカーが発見して、それを一冊の本にまとめた、という体裁になっている。
空洞地球説は当時は結構ガチで信じる人もいたらしい言説で、どういうわけか地球の両極に内部へ入れる穴が空いている、というのが本作で採用されている説。地球が殻のようになっていて、その質量が球面に均質に分布しているとすると、その内部では重力が打ち消しあって無重力になる(念のため書くとこれは物理的に正しい)。とはいうものの、それだけだと中はからっぽだし太陽からのエネルギーもほとんど得られない。内部のエネルギー供給源とか、生物圏や社会の構造をラッカーは奔放に空想して描いている。
そこかしこのディテールや小さなストーリーがポウの人生や著書の内容と符合させてある、らしいのだけど、正直なところポウを殆ど読んでいないのでその辺の面白さは理解できていない。にもかかわらず、ポウは魅力的に描かれているし、時折引用される詩も効果的だ。
そして、空洞地球の中心を通り抜けるレナルズたちの旅は、思わぬところに着地する。そこに至るまでのプロットそのものが、ラッカー流空洞地球の構造と対応しているさまは見事で、読んでいる間に感じていた些細な違和感の正体が判明した時には思わず唸ってしまった。こういう意味で「よくできている」話をラッカーが書いたことはなかったので、それもとても新鮮だった。
信じられないほど変なアイデアとか、何を考えているのかわからない突飛な展開とかは、この物語にはない。それでもこの話はやはりラッカーのもので、無茶なガジェットや行き当たりばったりな行動などは健在だ。総じて面白く、よくできた作品で、もしかすると確かにラッカーの最良の作品かも知れない。