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[ひよこじゃありません]心に残るゲームたち (9) 再掲:『ニュージーランドストーリー』



■『ニュージーランドストーリー』 タイトー/アーケード,1989


まったく可愛らしいゲームだった。ひよこそっくりの、青いスニーカーを履いた丸っこい主人公に、やどかりや木彫りの人形なんかの敵が襲いかかってくる。明るい色使いのにぎやかな街並みや不思議な洞窟の描かれた背景。だけど中味はきっちり作りこまれていた。だけど、というのも、失礼な話かも知れない。


当時通っていた中学校の近くに「上高地」というゲームセンターがあった。新しいゲームが入ることはあまりなかったが、ゲーム機のメンテナンスがよく、店員さんもろくにゲームもしないでだべっているおれたちに丁寧に接してくれていた。おれたちは来る日も来る日もそこにいた。その集団の中でなんとなく流行るゲームとそうでもないゲームがあったものだが、このゲームは明らかに前者に属していた。結構多くの面子がこのゲームで遊んでいた。


ひよこそっくりの主人公は実はキウイのティキ。ゲームスタート直後のデモに登場するが、キウイ商人のヒョウアザラシに仲間ともどもさらわれかけたところをすんでのところで逃げ出して、弓矢一丁を手に仲間たちを取り戻しに向かう。操作は8方向レバー+ジャンプとショットの2ボタンで、各面のスタート地点から仲間の捕まっている鳥かごまで辿り着けばクリアとなる。フィールドに置いてあったり、あるいは敵の乗っている風船に乗ると、空中を移動することもできる。操作の面では典型的な面クリア型のアクションゲームといっていいだろう。


特筆すべきは各面のマップがやたらと広いことだ。タイトル画面を見ると、
「THIS GAME WILL BE DEDICATED TO ALL MAZE GAME FANS.」
と書かれている。そう、このゲームは迷路ゲームなのだ。アクションも勿論難しくそしてよくできていたが、それ以上に迷路を抜けるのは一筋縄では行かなかった。


多彩な敵と風船がこのゲームの面白さを増し、深みを持たせていた。10 種類以上の風船はそれぞれにメリット・デメリットがあり、適切な風船を用いることで難しい場面があっさり抜けられることもあった。敵も様々な種類の風船に乗ってくるため、それぞれへの対応や複数の敵の組み合わせに対しての戦術などに頭をひねるのが楽しかった。


そして各所に隠されたワープゾーンが、ティキが先の面に進むのを助け、同時に楽しみ方も多様にしていた。難しい面はなるべく飛ばして進むのもよし、EXTEND(残機が増える)アイテムをたくさん集めるのもよし、勿論ワープになど頼らず全ての面を順番に攻略するもよし。難易度調整システムが、迷路の中でワープゾーンを探す楽しさとして上手くゲームの中に組み込まれていた。
難しすぎず簡単すぎず。少しずつ面の難易度は上がっていき、迷路も厳しくなっていく。初めて行くと5面は相当辛く感じるが、それでもやりこんで行けば、まあ 5-4 まではクリアできるようになる。バランスもきっちりとれていた(もっとも、後年の評価では「やや難しかった」というものが多く見られる。来る日も来る日もゲーセンに居たおれの評価は、少し平均からは外れているかも知れないことは認めざるを得ない)。


ゲーム内ではティキは北島のオークランドからスタートして少しずつ南下していく。4面がウェリントンで、ここで南島に渡り、5面がニュージーランド最高峰のクック山だ。当時のおれはまだまだティキは進むのだと思っていた。南へ南へ向かって、最後8面がスチュワート島辺り。そこでヒョウアザラシとの決戦を迎えるのだ、と。
ところがゲーセン仲間の先輩がプレイしているのを見ていたら、なんと 5-4 でヒョウアザラシが出てきてしまうではないか。これはいかん、と思いながらも目を離せずに居ると、そのままティキはヒョウアザラシを倒し、エンディングが始まってしまった。
なんてこった、これで終わりなのか。
大好きな物語の最終巻を読み終えた時のような気持ち。ハッピーエンドの筈なのに寂しくてたまらない。喪失感だけが胸に残る。


それでもおれは遊び続けた。自力でクリアすることがまずは目標、その次はワープを使わずにクリアすること、その次はできるだけミスを少なくすること。さらに、周りのみんながあまり遊ばなくなってからは、ワープゾーンを探しつくすことに熱中した。まだきっと見つけていないワープゾーンがある筈だ。おれは迷路の隅から隅まで弓矢を打ち込んだ。果たして知らなかったワープゾーンがいくつか出てきた。


「EXTEND」アイテムは、6文字揃えると残機が1増える。これは各面やワープゾーンの中にちりばめられていて、探していくとどうやら3回までは揃えられる。
ところが3面以降、置いてある文字が極端に偏る。E(1文字目)とXがやたらと多くなり、逆にE(4文字目)が全く出なくなる。なにかがおかしい、とずっと思っていたのだけど、それがどうしてもわからなかった。
全面中最後のワープゾーンを見つけた時、謎は解けた。1文字目のEがそこで10個揃い、やはり残機が増えるのだ。ワープゾーンは複雑に絡み合い、EXTEND をどれほど揃えられるかはルートによってばらばらだ。にもかかわらず、最高にうまくやればきっちり4回増えるようにちゃんと設定されていた。


たぶん、1年以上遊んだ後の頃。
流石におれもこのゲームに飽きてきていた。「上高地」も店員さんが代わってしまい、あまりに新しいゲームも入らないため、仲間が集まるゲーセンは少しずつ他所に移っていった。かつて放課後の長い長い時間を過ごした場所は急速にその輝きを失いつつあった。
どういうわけでまた足を踏み入れたのか憶えていない。薄暗く人気のない店内には、まだこのゲームが稼動していた。おれは 50 円を投入した。向かい側に隣りのクラスの奴が座った。そいつはゲーセンにはわりとよく来てたが、毎日居るおれたちほどではなかった。おれと仲は悪くなく比較的気も合ったが、属している集団の毛色が違いすぎて決して親しくなることはない、そういう関係の奴だった。なんでそいつと一緒に居たのかに至っては見当もつかない。とにかくそいつ*1と二人でこのゲームを遊んだ。
できるだけマイナーなワープゾーンやら、ちょっと面白い技やらを使って面を進めて行った。だいぶ忘れていたし下手になっていた。そんなのあったなー、と何度も言い合ったのを憶えている。お互いに最終面にも辿り着けないままゲームオーバーになった。
それが「上高地」でニュージーランドストーリーを遊んだ最後になった。


時は経ち、ゲーセンからこのゲームは姿を消した。やがておれはその町とも縁遠くなり、ゲーセンそのものにもこの頃ほどは通わなくなる。何年かしてからその町を訪れた時に覗いてみると、「上高地」のあったフロアはふたつに分割されて、それぞれに別の店が入っていた。おれ自身も、レトロゲームコーナーでニュージーランドストーリーを見かけても素通りしてしまうようになっていた。おれの中ではこのゲームはもう終わってしまったみたいだった。


そして 2001 年。
2ちゃんねるを覗いていたら、レトロゲーム板でニュージーランドストーリーのスレッドを見つけた。そこには原作者の方がいらしていて、いろいろと裏話を語ってくれたりしていた。その中に、今まで手がけた中で一番のお気に入りは「ニュージーランドストーリー」で、以来これを越えるものが作れない、とあった。とても嬉しかった。
そのスレッドでおれは、たったひとつ自分が見つけていないワープゾーンがあったことを知った。おれは翌日すぐに当時たまたま稼動していたゲーセンへ向かい、最後のひとつのワープゾーンを探した。それは簡単に見つかった。おれはティキをその中に飛び込ませた。ティキは一目散に鳥かごの下まで飛んでいった。それだけだった。ごくあっけないワープだったが、その瞬間おれは、自分の中でこのゲームがほんとうに“閉じ始める”のを感じた。


だけど、まだ終わってない。やり残したことがおれにはある。このゲームに関する雑多な知識や個人的な想いを、なんでもいいから形にしよう。記憶は薄れ始めている。完全な攻略を作るのはちょっともう無理だろう。それでもなんらかの形のメモを作って、このサイト*2に置きたいと思っている。あの喪失感と、微かな友情と、思わぬ嬉しさとを、わずかでもいいから、ずっと憶えていられるように。


初公開:2004-03-14 修正:2009-08-03(全角英数字を半角に修正)


今回から過去の回でこのブログに載っていない分をこうやって再掲していくことにした。再掲にあたって基本的に手直しはしていないが、読点がやたらと多かったのでそれだけは減らした。今読むと下手というか、語句レベルでおかしいところが結構あるけど、きりがないので今後も基本的には直さないことにする。

*1:余談。彼とは卒業後まったく縁が切れていたのだが、大学卒業後ライブドア社に入ってかなりえらい目にあったらしいことを後に知った。一度だけ同窓会で会った時には笑って話していたが多分相当大変だったはずだ。

*2:初出の時はおれのウェブページに置いていたためこのような記載になっている。実際攻略といくつかのメモまでは作って載せていたのだが、プロバイダの移転と PC のクラッシュなどで拾いそびれたデータがあって完成していない。