黄昏通信社跡地処分推進室

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意図と言葉

おそらく年配の方が書かれた文章の中で、「じきに」という副詞を「間もなく」「時間をおかずに」という意味で使っているのを見かけることがあって、いつも違和感を覚える。適切な言葉は「すぐに」なのだろうと思う。多分だけど、その人が若い頃は「じきに」でよかったのだ。今は「すぐに」よりも「じきに」の方がちょっとだけ時間がかかるイメージがある。言葉の意味が少しだけスライドしている。そういえば古文で「やがて」という言葉は「すぐに」「まもなく」と訳さなければならなかったはずだ。現在の「やがて」は「じきに」よりももっとゆっくりなニュアンスがある。


これは全く素人の仮説なのだけど、「すぐに」のように強いニュアンスが必要な言葉は、使用頻度が上がったり、長年使われたりしているうちに、どうしてもインパクトが弱まってニュアンスも失われてしまうのではないか、と考えている。だから「やがて」は「じきに」に追い落とされて、「じきに」は「すぐに」にその座を追われる。「すぐに」の王座も安泰ではない。今のところ「すぐに」を凌ぐ言葉はないが、いつかは取って代わる言葉がきっと出てくるのだろう。


それが何年先になるかはわからないが、もしおれの存命中にそんな言葉が現れたとしたら、おれはその言葉をちゃんと使えるだろうか、というのは、想像するとなかなか心許ない気持ちになってくる。冒頭のおれが「じきに」に対して違和感を覚えるのとまったく同じように、見知らぬ若い者がおれの「すぐに」をおかしいと思う日が来るのかも知れない。そしてこの想像の一番怖いところは、それはあらゆる言葉に起こり得て、言葉によってはすでにその日が来ているかも知れないというところだ。