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『象られた力』 飛浩隆 ハヤカワ文庫SF,2004 ISBN:4150307687

Nとわむさんという、おれから見るとまるで接点のない二人から勧められたということもあって今更ながら買って読む。これはとても面白かった。今まで読んでなかったのはアンテナ低過ぎる。
中でも表題作と「デュオ」が出色なのだが、収録順に書くと「デュオ」は天才ピアニストの話。個人的に音楽と小説は親和性が低いと思ってきたのだけど、それは単に音楽に対する高い感受性とそれを文章として形にする表現力を併せ持った人が少ないからに過ぎないのだ、と思い知らされた作品。はったりもあるのかも知れないが、それにしてもこの話に出てくる楽曲はどれも素晴らしく聞こえる。
ストーリーは少し不気味な設定を底に置いてミステリ風に進む。ことさらどんでん返しが必要な話とも思わないのだけど、アイデアと描写は際立っていて、強く心に残る話だった。
表題作では「かたち」が力を持つことの描写がいちいち素晴らしい。冒頭に登場するホテルのワイヤが張り巡らされるさまは視覚的にもイメージしやすいし、力学的にも重力と剛性と張力と弾力のせめぎ合うさまが想像できる。これはほぼ純粋に物理的なことだから、「かたちそのものが力を持つ」というこの作品の基底にある設定に引きこまれやすくなる。
それと当然「文字」のイメージ。それがたとえ表音文字であったとしても、「かたち」そのものが直接何かの意味を持っているもの、という点において文字に優るものはない。であれば、表意文字象形文字においては尚更だろう。さらに、動作と形が切り離せない、という挿話などを挟み込み、作者はどんどんかたちとちからの関係を鮮やかに描き出してゆく。
これほど魅力的な設定を置いた上で、物語は冒頭から謎を中心に据えて進む。蔓延していく図形には不安を覚える一方で正直ちょっといいなあ、と思ったり。終盤はもう少し大人しくまとまるのかなあ、と思っていたのだけど、いろいろ裏返って最後はたたみこまれる。最後に「パスティーシュ」として付された「補遺」が心地よい。(これで終わりか?と思ってしまうわがままな読者へのサーヴィス、なのかも知れないが……。)
感覚同士が浸食し合う、どころか感覚が世界に食い込んでくる、とでもいうべき世界がとても鮮やか。おれの好きな「科学技術を重んじる」SFとは全然違う方向性だけど、でも全然面白い。おれからもおすすめです。