- 作者: 瀬名秀明
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2019/05/16
- メディア: 単行本
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マジックの話である。マジックザギャザリングじゃなくて、手品のほうだ。
今より少し未来、ロボットがある程度一般化して街中でも時々見かけられるぐらいの未来のこと。主人公ヒカルは湾岸町(どうも台場あたりのイメージである)のレストランでテーブルマジシャンとして働いている。食事の出される前、あるいは合間に、デザートの前に。ひとつひとつのテーブルをめぐって、ちょっとしたマジックを披露する。腕はいいし、気の利いたマジックをやる。境遇は天涯孤独と言っていい。両親とは離別し、育ての親はヒカルにマジックを伝えてこの世を去ってしまった。
物語の数年前――高校生の頃、ヒカルは自分に心を開いてくれる同級生、美波と出会った。周囲に距離をおいていたヒカルは徐々に美波と過ごす時間が増えていく(これには美波が抱えていた事情も影響している)。だがある日、美波は自らこの世を去ってしまう。その事件はヒカルに深い傷を残す。どうしてだったのか、なにかできることはなかったのか。後悔を抱き続けながら過ごすヒカルの前に、日高という男があらわれる。レストランの壁に飾られている歴代マジシャンの写真を撮ってきたというそのカメラマンを、美波の姉で同じレストランで働いている美雪は「妹を殺したのはあいつ」と言い放つ。
そして、伝説のマジシャンとの出会い。彼が来店したとき、そのテーブルでとんでもない失敗をしてしまったことをきっかけに、ヒカルは彼の弟子になることを志願する。弟子にはしてもらえないが、代わりにミチルというひとりのロボットを託される。ヒカルはミチルとの共同生活を始め、ふたりでできるマジックを考え始める。やがてヒカルは新進のフレンチシェフが立ち上げたレストランに転職し、そこのスタッフと一緒にデザートとマジックの融合したサービスを模索しはじめる。
描写が軽やかで、うまい。文章でマジックを描くのは簡単なことではないと思うが、かなり高い水準で成し遂げている。おそらくマジックについて相当研究したはずで、そのうえでそれを文章に落とし込む方法もまた相当研究されたものと思う。文章では、書くだけだったらなんでもできてしまう。だから観客から見えることをそのまま描写していったら魔法を使われているのとほとんど変わらない。そして小説で魔法が出てきても読者にとっては不思議ではないのだ。常に本来なら何ができて何ができないのかを読者に印象づけつつ、それを上回る、そして裏切るパフォーマンスを見せて、なおかつそれが実際に可能であると感じさせなければならない。そしてそれが実際にできている。少なくともおれは、実際のマジックを見たとき……とはちょっと違うけど、鮮やかさにおいてはそれに勝るとも劣らないような感動を受けた。読んだ人全員が全員そうだったとはもちろん思わないが、少なくともある程度の数の読者にはその鮮やかさを伝えることに成功しているだろう。そのためには自分の書いた文章を読者が読んだときにどう感じるかということをかなり正確に想像できなければならないし、さらにその反応が最良になるように文章をアジャストできなければならない。正直おれには想像もつかない作業だけれど、できる人がいるのだねえ。この点での技巧には舌を巻いた。
物語はそのあと中年作家の告白話があったり、ミチルの来歴にせまるパートがあったり、パティシエとふたりでデザートをつくりあげていくシーンが合間合間に挟まれたり、とけっこう盛りだくさんで、それぞれにヒカルのマジックが絡んでくる。これがまたそれぞれのエピソードでに少しずつ違う角度からマジックってものに光を当てていていいんだよね。とってつけたような解決の小道具にとどまっていないのだ。
だが物語の軸は常にあの日のこと――美波が姿を消した日になにが起きたのか、というところに据えられていて、いささかの回り道をたどったように見えた展開も最終的にそこに収束していく。正直に言うと、その軸の部分のミステリ的な部分については若干ぴんと来ないところはあるのだけど、本書全体の素晴らしさに比すれば大きな瑕疵とは言えないように思う。なんといっても本書に登場するマジックの描き方はほんとうに夢にあふれているし、それが物語の展開の上でもきちんと前向きの駆動力になっているところがぐっときた。500 頁を超えるなかなかのボリュームだが、読む分にはさらっと読めてしまう。
ベストセラー作家の魔法、とくと見よ。おすすめです。