黄昏通信社跡地処分推進室

黄昏通信社の跡地処分を推進しています

『応為坦々録』 山本昌代著 河出書房新社,1984-01

応為坦坦録

応為坦坦録

↑おれが読んだのはこれ。
応為担担録 (河出文庫―BUNGEI Collection)

応為担担録 (河出文庫―BUNGEI Collection)

こちらは河出文庫版。


おれの中のお栄(葛飾応為)ブームがなんとなく続いていたので読んだ本。ブームと言いつつ作品に行かず、登場するフィクションを読んでいるあたりはあれだがまあよい。本書は書かれた時期で言うと『百日紅』にわずかに先んじているため、おそらく応為を主人公とした商業作品としては一番古いのではないかと思う。
タイトルの通り応為の日常を実に淡々と描いていて、派手な展開や色気のある話はまったくない。もうひとりの主人公である父北斎についても、ことさら奇人めかして書くわけでもなく、しかし登場するエピソードはなかなかに常人離れしている。貧乏で汚くて、でもどこか小気味よくて楽しそうな、ふたりとその周辺の人たちの暮らしぶりは、読んでいてしみじみとおかしい。
面白かったエピソードは、お栄が豆人形を作って売りだしたという話。ある時小銭を稼ぐためと思い立って小さな人形をいっぱい作って売ろうと試み、北斎には「金稼ぐってのはそんな簡単なもんじゃねえ」ってばかにされるんだけど、実際にはよく売れてお栄はけっこうなお金を手にしたという。他作品では拾われていないエピソードなのだけど、意外な生活力というかしたたかさみたいなものがあらわれている逸話で、ちょっとよかった。
全体としてはからっとしているのだけど、最後の最後の段落は切なかった。ここは引用しないので興味がある人は読んでみてほしい。それでも、ここ数年になってまた応為に、ひいてはこの作品にも多少たりとも日が当たることになっているのであれば、少しは「浮かばれる」のかもしれないなと思う。