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『ホワイト・ライト』 ルーディ・ラッカー著/黒丸尚訳 ハヤカワ文庫 SF,1994 ISBN:9784150109721

ラッカー十番勝負その2。
前回刊行順と書いたが、厳密にいうとこのホワイト・ライトが初めて刊行された作品になる。『時空ドーナツ』連載→『ホワイト・ライト』刊行→『時空ドーナツ』刊行、という順だからだ。でもまあ、今から入れ替えるほどのことでもないだろう。
本作の主人公は数学者フィーリクス・レイマン。郊外の大学で教授として職を得て、どうにか妻と娘を食わせているが、研究者たちのネットワークとは殆ど縁が切れ、学生相手に週4日専門外の講義をする出口の見えない日々が続いていた。
そんなある日、レイマンは自分の意識だけが身体から離れる体験をする。夢とも現実ともつかない体験を何度か経たのち、ついにレイマンは完全に身体から離れ、古本屋で手にしたパンフレットに書かれていた異世界へ旅立つことになる。星気体になったレイマンは、無限を軽々と扱うことができるようになっている。
……というような話。
この本は原題を『White Light: Or What is Cantor's Continuum Problem?』という。直訳すれば『白い光、もしくはカントルの連続体問題とは何か?』となる。そしてそのタイトル通り、ゲオルグ・カントルの「連続体問題」を中心のモチーフに据えている。
ところが、カントルが当時考えていた連続体問題の証明となる実験というのが、現代の感覚からすると結構とんでもないものだ。それに沿った設定で物語が始まるので、当然とんでもない展開になる。全体としては話の筋道や舞台が行き当たりばったりに進んでいて、あまりよくできた話とは言えない。
数学的な小ネタはそれこそあちらこちらに散りばめられていて、ヒルベルトのホテルで登場した無限の濃度の話なんかは個人的には読みながらにやにやしてしまった。しかしある程度予備知識がないと理解できないネタも多いようで、解説を読んで初めて元ネタがあるのだとわかった部分も多かった。そういう意味ではハードルは結構高い。
これも作者のいう transreal 小説群に含まれる。ラッカーの長編小説には日常生活(たいていあまり上手くいっていない)が描かれるパートが前後に差し挟まれることが多いのだけど、この作品の面白いところはその前後の生活パートが微妙に長いことで、しかも作品中で結構重要なことがさらっと書かれていたりする。
例によってぐだぐだになりながら、最後はそれなりに前向きに物語は終わる。数学の命題をモチーフにした小説、というとある種の堅さを想像する人は多いだろうが、むしろ逆で、あまりに脈絡のない展開に戸惑うような話だ。それでも独特の切迫感があって中々面白かった。昔ラッカーを一通り揃えた頃、長編ではこの『ホワイト・ライト』が一番好きだった憶えがあるのだけど、まあわりと肯ける一方で、当時の自分がどれぐらい理解できてたのかは正直ちょっとわからない。