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『気候変動を理学する―― 古気候学が変える地球環境観』 多田隆治著/日立環境財団協力 みすず書房,2013

気候変動を理学する―― 古気候学が変える地球環境観

気候変動を理学する―― 古気候学が変える地球環境観

突然ですが質問です。今は氷河時代でしょうか、それとも氷河時代ではないでしょうか?
と聞かれて、ぱっと答えられますか。この本を読み始めた時点でのおれには無理だった。「いやその、あの、間氷期って奴じゃなかった?」とかしか答えられなかったと思う。そしておれは間氷期がなんだかわかっていなかった。
正解は「氷河時代」。なんでかっていうと、氷河があるから。あるでしょ、北にも南にも。でも氷河時代の中ではあったかい方の時期で、だから間氷期って呼ばれている。おれはそこだけ聞きかじって知っていたわけだ。


地球の歴史を調べていると、過去にさまざまな気候の状態があったことがわかってくる。氷河期があったり、氷河期でない時期があったり、氷河期の中でも氷期があったり、間氷期があったり。そしてそれらの状態は何度も現われていることもわかっている。つまりある種のサイクルになっている。でも、じゃあどうしてそれはサイクルになるの? それを引き起こしているのはなんなのだろう。
その気候変動をテーマに掲げて著者が講師になった公益財団法人日立環境財団(現日立財団)の環境サイエンスカフェがこの本のもとになった。なので、本書は「化学の素養はあるが専門家ではない聴衆」にむけて語りかける形で書かれていて、文中でも時々参加者とのやりとりが挿入されている。一貫してとっつきやすい、読みやすい構成にされているし、理解が難しいような記述は出てこない。ただ、丁寧に図表と本文を対照して読んでいかないとわかったような気がするのになんだったんだっけ? みたいなことになりがちだと思う。(これはおれだけかもしれない。)


本書ではいろいろな気候変動のサイクルと、その要因が語られる。たとえば歳差運動と近日点・遠日点の変動は気候変動の要因になっている。ぱっと見てあれっと思う。地球に降り注ぐ太陽エネルギーの総量は変わらないんじゃないの? それはその通り。でも変動は起こる。なぜなら北半球と南半球は対称じゃないから。たとえば深層水が気候変動の要因になっている。深層水? その通り、あれには CO2 が溶けこんでいるから。そして 1000 年単位の時間をかけて循環しているから。たとえば氷床はそれ自体で気候変動のサイクルを作り出す。氷床は成長しすぎると自壊するから。


ひとつひとつについてもとても興味深いし、面白く読める。グリーンランド沖の海底の堆積物と同時期の気候、みたいな相関関係(そしてそれには実際に因果関係がある)がさらっと登場してびっくりしたりする。また、サイクルの長いものは数万年単位で、それによる変化もゆっくりだが、ひどくスパンの短い気候変動が過去に実際に起きていることもわかっていて、なんと3年間で摂氏 10 度ほどの低下を示したことがあったらしい。これはかなり意外だし、なかなかに恐ろしいビジョンだとも言える。


その中で特に留意すべきパターンとして、「フィードバック」と「モードのジャンプ」が登場する。フィードバックは、ある変化の結果がさらにその変化を促進したり(正のフィードバック)、逆に変化を抑制したり(負のフィードバック)という作用をいう。たとえば地球の気温が下がっていくと降雪が増え、雪面や氷の表面が増える。すると表面の反射率が高くなって太陽から得られる熱が減りますます気温が下がる。これが正のフィードバック。一方、大気中の二酸化炭素濃度が上がると化学風化作用が速くなって、大気から有機物や岩石となって固定される二酸化炭素が増える。すると大気中の二酸化炭素濃度上昇が抑制される。これが負のフィードバック。
「モードのジャンプ」はある条件における平衡状態から、小さな変化をきっかけに元の状態からは大きくかけ離れた平衡状態に移ることだ。これによって起きた変化は場合によっては不可逆であったりする。


そのような有象無象のサイクルが重なりあって、気候変動は起きている。その中で、人間が行っている二酸化炭素排出はどのように位置づけられるだろうか――というのは当然気になるところだけど、著者はこの話題についてはほぼ明らかに意図的に、極めて慎重な書き方をしている。そこがこの本の主題ではないし、それに言及することで読者の興味がそれに集中してしまうことを避けたかったのだろう。それでもこの本を読んだおれはある程度まではそれがどう位置づけられるものであるかを理解できる。このようなことが当初のサイエンスカフェの、ひいては本書のまとめられた目的であるにちがいない。というわけなのでここでは書きませんが、まあ大変ですねえとは言えるところだ。知りたい人は読んでみよう*1


というわけで実に興味深く面白い本でした。特に気象に詳しくなくても読むのに苦労はしないと思う。地球温暖化に興味があるふりをしたい人は是非。

*1:とはいえ上でリンクを張った日立財団のウェブページに講義録は上げられていて、その講義録をまとめたのがこの本なので、実は講義録を丹念に読めば結構多くのことはわかる。