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『熊と踊れ』(上)(下) アンデシュ・ルースルンド,ステファン・トゥンベリ著/ヘレンハルメ美穂,羽根由訳 早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫),2016-09

熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(下)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(下)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

すげえ話だ、というのが一読しての感想だ。
三兄弟とその友人ひとりの計四人が、現金輸送車を襲撃する。周到に周到に計画を立てて、準備をして、その通りに遂行する。アジトを構え、武器を盗んでその隠し場所を用意し、自分たち自身の隠れ蓑となる商売も始める。役割分担を決めて、逃走ルートを確保して、逃走手段を準備して、事前練習を繰り返し行う。それだけのことを徹底してやる、その過程が執拗に描かれる。
三兄弟には離れて暮らしている父親がいる。身体が大きくて喧嘩に強く、あらゆる意味での典型的なマッチョで、自らの妻(三兄弟の母親)にさえ容赦ない暴力を振るって離婚された、半ば人格破綻者として描かれている。しかし三兄弟はいやがうえにも父親に大きな影響を受けている。特に絶対的なリーダー格の長男レオは、冷静沈着で極めて頭の切れる人物として描かれているが、ある意味ではもっとも父親に近い。暴力を振るわれる中で、暴力に暴力で応じることを強いられる中で、自らも暴力の使い方に習熟していったからだ。


熊と踊れ。父親は、息子たちに教える。いちばんでかい熊の鼻面を殴れ、そしてステップして反撃を躱せ。ステップを踏んで、殴る。またステップを踏んで、殴る。そうすれば、熊にだって勝てる!


三兄弟を追うのはストックホルム警察のヨン・ブロンクスワーカホリックの気があって、人に心を寄せることができない。犯罪者の用いる暴力からどうしても目を背けられない。よりによって鑑識官やってる元カノが異動してきちゃって、一緒に捜査にかかわることになってしまう。上司はミスターワークライフバランスみたいな男で妻と子供がなにより大事、クリスマスにブロンクスを(根っからの善意で)自宅に招いちゃったりする。なのにブロンクスは捜査の過程で犯人たちの絆に気づいてしまうのだ。わずかな仕草から彼らが兄弟に違いないと確信するにいたる、この皮肉。
破滅の予感を漂わせながら物語は進み、いつの間にか三兄弟に深く肩入れしている自分に気づく。いくつかの工夫は驚嘆すべきものである一方で、そこかしこに破綻への伏線と思わせる描写や逸話が差し挟まれる。このアンバランスさがいい。どこから崩れるのか、どこから水が漏れるのか。序盤は高揚があるが、中盤以降は緊張と恐怖が離れなくなる。


上下巻でかつそこそこ厚い本なのでかなりの分量だが、終わってみれば結構あっという間に読んでしまった。スリリングで面白い小説だった。


さて、やはり書いておかなければならないと思うのが、本文の前に置かれたこの一文についてだ。

どうでもいいことかもしれない。が、これは事実に基づいた小説である。

で、これは本当にそうらしく、なにしろ著者のひとりが三兄弟と深い関わりを持つ人物だったりするので、実話を基にしていることは書かないわけにはいかない。しかし、これだけありそうもない話だと、やはりどうしても「これは本当にあったんだ」という先入観は読み手に強い影響を与える。少なくともおれは、この小説を評価するにあたってその影響を除外することができない。
以前書いた通り、小説である以上ありそうかありそうでないかに関係なく面白いか面白くないかは判断すべきだ、と考えているけど、それだけのことが結構むずかしい。と思うと、「どうでもいいことかもしれない。」と書いてあるのはなかなか誠実な態度ではあるのかもしれない。
上で書いた「スリリングで面白い小説だった。」というのは、おれの中で偽りのない評価だけど、その評価を下す上でこれは本当にあったことなんだという知識があったのも確かなので、評価についても割り引くなり割り引かないなりしていただければ。