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『世界史を変えた新素材』 佐藤健太郎著 新潮社:新潮選書,2018-10

世界史を変えた新素材 (新潮選書)

世界史を変えた新素材 (新潮選書)

歴史の最初の方は、道具とその素材によって語られる。石器時代青銅器時代鉄器時代。それぞれの素材を人間が使いこなせるようになって、文明が一歩進んだと見なされる。新しい素材を持つ文明は古い素材しか持たない文明を凌駕する。より頑丈な鉄の武器は青銅の武器を寄せつけなかったという話は教科書に必ず書いてあるし、初めて読んだときは感心したものだ。このあとは歴史は細分化していくのでこういう大雑把な呼ばれ方はしなくなるけれど、時代時代に人は新しい素材を使ってきた。本書ではそんな素材を一章ごとに取り上げて語っていく。
最初に登場するのは金だ。金については現代の少し手前までは「ありがたいが役に立たない」という評価が常だった。だがそのありがたさはずば抜けていて、世界各地で昔から金が採掘され、用いられている。そして近年になって電子回路という実用的な用途が見つかって金のありがたさはさらに増した。ここ 30 年で金の単価は倍以上になっている。ちなみにもっとありがたい白金は 20 世紀以降にやっと用いられるようになった。こちらは未だに実用用途は見つかっていない。
鉄は材料の王である。実際のところ、鉄はそれほど素晴らしい素材であるとは言えないらしい。たしかに普通に使っていれば錆びやすいし、頑丈さもそこそこで、加工もしにくい。だけどとにかく地球上にたくさん存在するのが最大のメリットで、そのゆえに人は鉄のさまざまな加工法や利用法を開発してきた。鋼鉄しかり、ステンレスしかり。おそらくはこれからも重要な素材としてのポジションを失うことはないのだろう。
ゴムは悲劇的な生い立ちを持っている。ゴム自体は早くから天然素材として広く知られてきたが、当初は温度変化に非常に弱く、夏はべたべたになって冬はかちかちになってしまった。これを改良したのがチャールズ・グッドイヤーさんだった。グッドイヤーはゴムに添加物を加えて変性を防ぐための実験を繰り返した。健康を害し、借金を抱えてしばしば投獄された。それでもグッドイヤーはあきらめず、とうとう今日まで用いられている加硫法を開発した。これによってゴムの強度は飛躍的に高まり、素材としての有用度も大きく高まった。だがその後もグッドイヤーは借金と訴訟から逃れられず、60 歳で死んだときにはまだ 20 万ドルの借金が残っていたという*1
とまあこのような調子でさまざまな素材について、比較的短いページ数でテンポよく語られる。素材の粒度がまちまちなのがちょっと気になるところで、たとえば「白磁」なんていうかなり狭いものがある一方で、「プラスチック」っていう宇宙かよ、みたいな広さのものもある。とはいえプラスチックを個々に語ってたら何十冊あっても足りないだろうしなあ。読みやすくてちょっと新鮮な切り口で、面白い本でした。

*1:ちなみに現在も存在するタイヤメーカー、グッドイヤー社は彼の名前に因んではいるが、本人や子孫との直接の関係は一切無いのだそうだ。それも泣ける。間接的に名前が残るだけでもまだましなのかもしれないけれど……。