黄昏通信社跡地処分推進室

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『雲のように風のように』 鳥海永行総監督 スタジオぴえろ/日本テレビ,1990

https://pierrot.jp/archive/1990/tvs_03.html
日本ファンタジーノベル大賞の第一回はいまでは考えられないようなスキームになっていて、大賞受賞作はアニメ映画化されることが決まっていた*1。第一回の大賞が『後宮小説』に決まったときの関係者の困惑は想像に難くないが、それでも約束通りアニメを作ったのはえらかったし、アニメになるからといっておもねることなく『後宮小説』を大賞に推した審査員の見識も讃えられるべきであろうと思う。長い間存在だけは知っていたものの見る機会がなく、このたび(といいつつこれ書いてる時点ではすでに相当前なんだけど)突然 BS トゥエルビで放送されたのでせっかくだから録画して観てみたのだが、かなり出来はいい。酒見賢一も文庫版のあとがきかなにかで「すごくよかった」みたいなことを書いていたと記憶しているが、おそらく本音に近かったのではないか。原作の魅力を理解し、十八禁要素を綺麗に抜き去って、なおかつ 80 分の尺の中に収めるのはかなりの難題だっただろうと容易に想像がつくが、その条件の中でこれを超えるものを作るのはなかなか難しいだろう。
原作の最大の魅力はなんだかんだいっても銀河の天衣無縫な性格と気持ちのよい生きざまだと思うのだけど、もうひとつ、タイトルがそうであるように、後宮そのものの描写がとても魅力的だ。前述したように十八禁要素は抜かれてしまっているので残念ながらその部分もずいぶんオミットされてしまっているのだが、それでも「たると」であるとか女大学とかカクート先生とか、頑張って残された要素もあって、原作未読の人にもなんらかの印象を残すことと思う。安易なアレンジに走ることなく原作の猥雑な部分を残したのはアニメ版のスタッフの志の高さではないだろうか。
作画は整っているし芝居もテンポがよく、セシャーミンや江葉をはじめとする後宮の女性たちが可愛く魅力的に描けていて、単純に見ていて楽しく気持ちいい。序盤から見え隠れする不穏な空気がだんだん表に出てきて最終的な破局に向かう流れもよく、それでいてエンディングにはひと筋の救いがある(これは原作がそう)。佳作と思うし、もう少し評価されてもいい作品ではないかと思う。今度ブルーレイが出たり有料チャンネルの配信が始まったりするらしいので、特に原作を読んでいて未見の人にはおすすめしたい。あと、これを読んでいる人の中には居ないと思うが、この作品を観たことがあって原作を未読の人にはぜひ原作を読んでほしいと思う。酒見賢一のデビュー作だが、完成度の高さに舌を巻くことうけあいだ。アニメでは取り除かれた部分の妖しさと、すでに形作られつつある酒見節を堪能すべし。

*1:このスキームは第二回まで続き、第二回は大賞受賞作は出なかったが優秀賞の鈴木光司『楽園』がアニメ化されている。