そして第一章からは世界史に大きく影響したさまざまな物質について、ひとつひとつ語られていく。本書のユニークなところは、それがどう歴史を動かしたのかという説明とともに、科学的性質について分子構造にまで踏み込んで触れられていることだ。シルクはなぜ滑らかなのか。トランス脂肪酸がどのような形態であるから身体に悪いとされるのか。モルヒネの作用はモルヒネの分子構造のどの部分に由来するのか。最後のモルヒネについては「モルヒネ則」という経験的なルールが知られているらしく、分子構造に関わるその四つのルールを満たしている、あるいはそれに近い物質は麻薬に近い作用があることがわかっているのだそうだ。本書では触れられていなかったけど、これって合成麻薬作るときに蓄積された知見だよねたぶん。
そしてメインとなっている歴史的な経緯もなかなか面白く、たとえばイギリスがオランダからマンハッタン島を手に入れた経緯とか普通に知らなかった(クイズやってる人は知ってそうなのに)。現インドネシアのルン島という小さな島と交換したのだけど、この島にはナツメグがたくさん生えていて、オランダはどうしてもそれが欲しかった。それぐらいナツメグという植物は重要視されていた。そしてニューアムステルダムと名付けられていた植民地はニューヨークという名前になった。ニューヨークの現在はみなさんご存じの通りだ。ルン島はいまや特別なことはなにひとつない小さな島になってしまっているという。もちろんこれは結果論に過ぎないのだけど、大事なのはナツメグがそれだけの力を持っていたということだ。
そんな感じで軽やかに、世界史や医学、現代社会なんかの話と化学の話を行き来しつつ、様々な物質が登場して語られる。訳者は化学系の人らしく、化学物質周りの翻訳もしっかりしているので(何箇所かは図の補足すらしている)わりと安心して読める。面白かった。個人的にこの手の本好きでつい読んじゃうので、さすがにこれぐらいにしとこうかなとは思ったけど、この本の評価とは別の話。
*1:ジャレド・ダイヤモンド『銃・病原菌・鉄』