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米飯給食

先日山に登った際に同行した人と学年が同じと判明したのだけどその人の小学校では給食に鯨とか出てなかったらしく、隣の区でも結構違うものだななどと思ったり。全国的にはどうなんだろう。


さておき、小学校で給食に米飯が供されるようになったのは5年生になってからだった。これはかなり遅かったのではないかと思う。いまちょっと調べてみたところ、文部科学省から「米飯給食の実施について」という通達が出たのが昭和 51 年だ。


学校給食は、従来パンを中心とした小麦粉色型態により実施されてきたところであるが、昭和五一年二月一〇日文部省令第五号をもって「学校給食法施行規則等の一部を改正する省令」が公布され、米飯を学校給食制度上に明確に位置付けることとされました。
それからおれが5年生に上がるまで、10 年近く*1経っていた計算になる。それも最初の年はいかにもおそるおそるといった導入で、確か学期に1回ぐらいしか出なかったのではなかったか。それで、炊き込みご飯とかカレーとか、白飯以外のメニューで出ていたと思う。つまり完全にハレの日のもので、普段はそれまで通りの小麦粉色型態(この言葉ちょうおもしろい)が続いていた。


米飯給食がどのような反響で自分および周囲の児童たちに受け入れられていたか、正直なところあんまり憶えていない。それを克明に憶えていればこのエントリ少しは意義あると思うんだけど残念ながら忘れたものは忘れた。もちろんそれなりには歓迎されていたと思うのだけど、なんかそんなに諸手を挙げてというレベルまでは行っていなかったような気もする。
ひとつだけ妙にはっきり憶えているのが、2年目になって月に1回ぐらいは米飯が出るようになってから一度だけ出た茶飯。そのころ茶飯という概念を知らなくて、メニューに書かれていた茶飯というものがなんだかもわからず、でも食べてみたらなんとなく想像していたよりもずっとおいしいものだった。今に至っても茶飯というものはおれの中ではけっこうな食べ物ということになっている。

*1:この期に及んで歳をぼかす意味があるのか自分でもよくわからないがまあぼかしておく