- 作者: グレッグイーガン,Greg Egan,山岸真
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/12/19
- メディア: 新書
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冒頭にいきなり量子グラフ理論なる概念が出てきて面食らうが、これは本書のアイデアを成立させるために欠くべからざる部分なので完璧にではなくてもある程度理解しておく必要がある。とはいえ、本当に最低限のレベルということなら「これが我々の宇宙を(素粒子以下の)メタレベルで記述する理論である」という風に認識しておけばよい。作中では量子力学と一般相対性理論を統合して矛盾なく説明できる理論である、とも説明されている。ただしこの理論は厳密に立証されたわけではない、とされていることには留意したい。
第一部は主人公キャスがある実験に挑むところから始まる。今の宇宙とちょっとだけ違う宇宙を作ったとしたら、理論上は極小の時間で崩壊する。キャスはそれを確かめるために実験施設「ミモサ」へ向かう。慎重な議論と検証の末、実験の安全性は確かめられたはずだったが、実際に作り出した宇宙は全く違う挙動を見せ始める。第一部はページ数も少なく、むしろ本編への序章という位置づけだ。
第二部では第一部の数百年後が描かれる。新たな宇宙の脅威は広がり続けているのだが、それに対して人々がとる態度はさまざまだ。そもそも向こう側に何があるかわかっていない。脅威を排除すべきか、あるいは共存をはかるべきか。向こう側へのアプローチはどうするべきか。イーガンは登場人物たちに議論させ、投票させる。こういうところが妙に生真面目というか人間の理性を信じているというか、イーガンのある一面がよく表れていると思う。もちろん、そうでない人間もいるというところもしっかり描くのもまたイーガン的ではあるのだけど……。あと、この辺ののりは順序が前後するけど直交三部作にはものすごくしょっちゅう出てきた。
ここからはネタバレ。
ここでの「あり得るかもしれないもうひとつの宇宙」をもう少し具体的に設定して、その中の住人が世界の在り方を発見していく、という過程を徹底的に科学的に描いたのがまさに直交宇宙三部作であって、その意味では本作はそこに至るための布石のような作品といえる。物語としてはやや地味で、初期作品に比べると登場する事物もかなり観念的になってしまって、あまり読みやすい作品とも言えない。十五年訳されてこなかったのは、やはりまあそうだろうねえ、ということだ。
最後に、タイトルになっている「シルトの梯子」だが、珍しく作中にがっつり説明がある。そのシーンはすごくいいので、もし意味を知らなかった人はあえて調べずに読んだ方がぐっと来るのではないかと思う。おれは意味を知らなかったが、そのシーンでの説明を見てけっこう切ない気持ちになった。イーガンが数学的な概念をこんなにセンチメンタルに振り回してくるとは思わなかったのだ。
面白かったけど、イーガンのほかの作品より先にこれを読めと人にすすめる気にはならない。全部読んでからでじゅうぶんだ。