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『オービタル・クラウド』 藤井太洋 早川書房,2014

オービタル・クラウド

オービタル・クラウド

作者の二作目にして、第 35 回日本 SF 大賞、第 46 回星雲賞長編部門、ベスト SF2014 国内編の三賞受賞作品。これは面白かった! 高橋純也氏風に言えば「そりゃ(賞を)取るわ」という話であり、もっともっと話題になってよかった作品ではないかと思う。


主人公木村和海はフリーランスで、「メテオ・ニュース」という流れ星観測専門のサイトを運営している。天体や人工衛星などの軌道計算にちょっと特殊な才能を持つ。実質的な相棒が沼田明利で、この人もフリーランスながら凄腕のエンジニア。和海とは同じシェアオフィスを拠点にしていて、メテオ・ニュースの技術的な業務を請け負っている。


あるとき、和海は軌道上の物体の観測データを眺めていて奇妙な動きに気付く。物理的に通常は起こり得ない動きをしている無数の物体があるのだ。明利の助けを借りてデータの解析を行うと、確かに物体たちは軌道上で上昇している。ちょうど軌道上には国際宇宙ステーションが浮かんでいて、大富豪スターク親子が世界初の商用宇宙旅行のプロモーションとして自らステーションにおもむくところだった。和海が JAXA に物体の動きを伝えると、JAXA もまた別方面から物体の謎に迫ろうとしていた。


――というような発端から始まる物語は、多くの登場人物を巻き込みながら矢継ぎ早に展開を見せていく。とある国の謎の工作員、有能すぎる JAXA 職員、中東から宇宙を夢見る工学者、CIA の喰えないヴェテランエージェント、うなるほどの金と設備にものを言わせるアマチュア天文家……。プロローグの気球のシーンから、次々に舞台を変え、少しずつ謎が明らかになり、時に主人公たちの身に危険が迫る。作者が「スリラーとして、広い読者を想定して書いた」と語っている通り、どんどんページをめくらせる力がある。


物体に用いられている技術も、冷静になるとこれほど上手くいくものかなとは思うけれど、読んでるときにはいかにもこういうものができてもよさそう(あるいはできてほしい)と感じさせられるもので、その制御に使われている技術とそのための伏線も現実世界とほんとうに地続きで個人的にはテンションが上がった。もちろんおれは技術者じゃないのでうそを混ぜられててもわからないわけだが、サイエンス・フィクションというのは法螺を楽しむジャンルでもあろう。


少し都合のよすぎる展開と思わなくもない。根っからの悪人が出てこないところも、物足りなさがなくもない。それでも、そんな瑕疵を吹き飛ばしてしまうほど面白い物語が、今ここにある世界と地続きの、しかもすぐ近くで展開されるということに大変わくわくした。これこそが SF を読む醍醐味だろうと思う。日本 SF 大賞の名は伊達じゃない。読むべし。





追記。今回から書影をつけることにしたが特に他意はない。アフィリエイトもおれはやっていないが、はてな記法を使っているので、このリンク先で本を買うといくばくかがはてな社に入るはずである。