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『脚・ひれ・翼はなぜ進化したのか:生き物の「動き」と「形」の40億年』 マット・ウィルキンソン著/神奈川夏子訳 草思社,2019-02

脚・ひれ・翼はなぜ進化したのか: 生き物の「動き」と「形」の40億年

脚・ひれ・翼はなぜ進化したのか: 生き物の「動き」と「形」の40億年

いささか冗長な日本語題だけど、内容を端的に表していて悪くない。生物は驚くほど多様な移動手段を持っている。さまざまな環境に適応した結果らしい。わからないでもないが、でも根本的なところはよくわからない。こんなにいろいろ無くてもよかったんじゃないかしらと思う。しかし著者はそうではないという。それぞれに必要性があって、移動手段は進化したのだ。
人間の足は遅い。捕食者から逃げるにも獲物を捕らえるにも、生身では大抵の動物に太刀打ちできない。数メートル、数十メートル、数百メートル、どの距離でも駄目だ。しかしここまで生き残ってきたのは、それだけの強みがあったからだ。おそらく大昔の人間の狩りは獲物をひたすら追い続けるスタイルだっただろうという。数キロ数十キロと、獲物が力尽きるまで追跡する。一日にそれだけ動ける動物はそう多くないらしい。人間にそれが可能なのは、直立二足歩行のメカニズムと、汗をかいて身体を冷やすことができるシステムのおかげだという。
人間の下半身は機械的に実に巧妙な造りになっている。骨と腱が運動を持続させるように組み合わされて接続されているため、立った状態から前に身体を傾けるとそれだけである程度歩みが進むようにできている(やってみよう)。これによって体力の消費を抑えることができる。しかしこの動きを実現するためには脚の真上に骨盤が来て、その上に上半身が乗っている、つまり直立二足歩行であることがひとつの解だ。唯一の正解ではないかもしれないが、ひとつのソリューションではある。

飛ぶというのも極めてロマンあふれる移動手段だが、これはもともとは落下であっただろうと著者は書いている。樹の表面を歩行して暮らす生物にとっては、落下は重要な移動手段になる。特に敵から逃れるときは効果絶大だ。この時に落下の軌道を変えようとしたことがスタート地点で、そこから滑空→飛行と進歩したと著者は推測している。飛行は生物の進化上何回か独立して出現しているが、微妙に形態は異なっている。翼竜の滑空は一本指で、コウモリは四本指だ。昆虫はまったく違う方向から飛行形態にたどり着いた。手足と独立に四枚の翼を持ったことは大きなメリットで、実際昆虫の中でも飛行形態には相当のヴァリエーションが見られる。とはいえ現時点での空の王はやはり鳥であろう。鳥はなんといっても羽毛を持っていることが非常に有利だった。おかげで鳥は羽ばたき飛行を獲得することができた。滑空に比べてもはるかに強力な飛行手段で、鳥は他の動物にはぜったいに不可能な行動半径を得ることができた。キョクアジサシのように、毎年地球一周近い距離を飛んでしまうものもいるほどだ。

さらにこのあと、本書は生物の移動の根源に迫っていく。海から陸への決定的な一歩を踏み出したのはどんな魚で、それはどのような足を持っていたのか。魚が泳ぐときには水中でどのような流体力学がはたらいているのか。背骨を持ち始めたのはどんな動物で、どういう理由でそのような形をとったのか。そういえば脊椎動物という言葉はよく聞くけど、脊椎ってどうしてできたんだろう。無数の疑問はあり得るし、答えの出ていない問題も多い。それでも著者は時にはいささか強引に、しかしあくまで論理的にそれらの疑問を解こうとする。その方法は中々に新鮮でとても面白かった。おれたちは背骨に感謝しなくちゃいけない。
先日プールに行ったので、ちょっとためしに背骨を左右にくねらせて前進しようとしてみた。人間の背骨はまあまあ左右に曲がるけど、上下方向に平たい身体ではほとんど推進力を生むことができず、まったく進むことができなかった。ほんとうに遠くへきたものだ。でもおれたちは先人たちの考えた泳法でそれなりの速度で泳ぐことができる。これこそが人間の身体の持つ本当の強みなのかもしれないと思った。