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『ハローサマー・グッドバイ』 マイクル・コーニイ著/山岸真訳 河出文庫,2008



『ハローサマー・グッドバイ』 ISBN:9784309463087


原著は 1975 年。1980 年にサンリオ SF 文庫から邦訳が出て、長らく日本では幻の作品になっていた。サンリオ SF 文庫に入っていた作品ではしばしばあるパターンと言える。名作の誉れ高く、新訳で復刊された時には SF クラスタでは話題になったと記憶しているが、これまでなんとなく読むことなく来てしまった。


冒頭の「作者より」という文章が曲者で、おそらくは有名な文章だが、少し引用する。

舞台となる惑星は多くの点で地球と似ていないわけではないので、作中の異星人は人間型であり、そして人間型なので、人間と同じような感情や弱さに動かされている、ということにした。異星人たちの文明は、地球の一八七五年とよく似た発達段階にあることにしたが、この星が持つ特別な性質によって、この異星文明と地球のものとには、いくつかの大きな相違点がある。

この注釈文は SF の建前にはあまりそぐわなくて、どちらかといえばファンタジー(科学的説明を必ずしも必要としない異世界もの)に付されそうな文章だ。しかしこの作品には科学は絶対に必要で、この文章もあとあとで効いてくる。


それはさておき、繰り広げられる物語は少年のひと夏の瑞々しい冒険譚だ。政府高官の子である主人公アリカ-ドローヴは、毎年夏を過ごしている港町パラークシの別荘に今年も行くことになり、昨年初めて会った宿屋の娘ブラウンアイズと再会を果たす。しかし海の向こうにある隣国との戦争はやがてパラークシにも影を落とし始め……というべたべたの「夏の別荘もの」のシチュエイションだが、これが実によく書けている。おたがい引っ込み思案のブラウンアイズとの淡い恋は、おなじく役人の子であるウルフとの確執、もうひとりの少女リボンとの関係が絡みながらもほほえましく進展していく。一方で少年の限られた視野と知識のなかでも、この世界がいろいろな種類の断絶に満ちていることはすでに見えていて、ドローヴはそれを超える淡い希望を抱きながらも、知らぬうちに断絶によって引き裂かれていく。それは伝聞でだけ伝わってくる戦況や、複数人の登場人物の運命によって示され、夏の別荘に不穏な影を投げかける。


やがて粘流(グルーム)――海水が蒸発によって煮詰まって粘性を増した潮の流れを形成すること――の季節が来る。その描写と、登場する生物と、その中で起きる事件は圧巻だ。広く異世界もののカテゴリに収まるフィクションの醍醐味と言えよう。著者は海の近くで育ち、他の作品にもしばしば海洋が登場するらしいのだが、さもありなん、港や船の描写は素晴らしい。シートやシュラウズという帆船用語をさらりと使うあたり、幼い頃から船に乗って文字通り海に親しんでいたのだろう。


季節はさらに進み、惑星の気温は下がっていく。夏の間に冒険を重ねて明らかに成長した少年少女にきびしい冬が訪れる。単に切ないというだけでない終盤の展開は、なるほど長く名作と呼ばれるだけのことはあるなと感じた。
(少しねたばれになるが、特にリボンの変化については著者もなかなかシビアというか、なかば底意地が悪いというレベルでもあるかなと感じた。)