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『宇宙考古学の冒険 古代遺跡は人工衛星で探し出せ』 サラ・パーカック著/熊谷玲美訳 光文社,2020-09-16

言うまでもないが、考古学において遺跡発掘はきわめて重要なミッションだ。しかしやみくもに掘っていて狙い通りのものが出るものでもない。史料や地形やその他様々なこれまでの蓄積を基に、ここにあるだろうというところを掘っていく。外れることも多い。期待したほど特別なものが出てこないこともある。
ところが、人工衛星が地球の周りを回り始め、衛星写真が数多く撮られ、時間が経ってその写真が公開されるようになると、それらの写真が地下の様子を知るのに極めて役に立つことがわかってきた。地面の下に残された遺構があるために、地上の植物(ことに作物)の生育に影響が出る。地上でそれを見ていてもわからないが、航空写真にははっきりその差異が現れる。たとえばこんな感じだ。
https://twitter.com/vhysd/status/1265521758062379010
リンク先は 50 年前という話だけれど、影響はもっとずっと長く残り、古代ローマ、あるいは古代エジプトの遺跡ですら見つけることができる場合がある。そしてこのように普通のカラー写真でわかるレベルのものもあれば、特定の波長の赤外線の写真にのみ違いがあらわれてくるなんて場合もあるらしい。衛星写真の解像度は年々向上し、より多くの波長で写真を撮るようになっているので、調べるべきデータは実はすごくたくさんある。が、もちろん写真を買うのもタダではないので、そこにはトレードオフは生じるようだ。そして誰もが探すものを見つけられるわけではない。紛らわしい形状や模様はいくらでも存在する。適切なデータと熟達者の目があって初めて地中の遺跡を捉えることができる。

航空写真で目星をつけたら、今度は実際に現地に行って発掘を行うことになる。これは本当に泥臭い仕事で、好きでないと中々つとまらなさそうだ。それなりの人数で作業を行い、滞在や食事、機材や消耗品などの手配が必要になる。それでいて予算や日程などの都合で連続して発掘できる期間は限られる。発掘隊の隊長なんてそんなにいいもんじゃない、と著者は冗談めかして書いているが半分以上は本音だろう。それでも、実際になにかを掘り当てた時の喜びは素晴らしいという。さもありなんと思う。

著者は考古学の未来をいくつかの形で示して見せたが、中でも現在形ですでに始まっているのが航空写真のスクリーニングを素人にやらせ……いや、協力者を広く募って分担していることで、これはなかなかすごそうだった。まずはチュートリアルから始まって、既知の写真から正しく遺跡を見つける訓練をさせ、その後訓練を重ねるにしたがって「レベル」が上がっていくシステムなのだという。一定のレベルに達した協力者は未知の写真の調査に参加することができて、発言することが可能になるらしい。考古学に貢献したいと思っている人はそれなりの数いるらしく、特にリタイア世代には時間と情熱を注ぎ込んでくれる人が結構いるらしい。この手は他の分野にも応用できそうだが、システムを作り上げるまでがとにかく大変だろうと思う。著者は TED のプロジェクトコンペティション的な奴で得た賞金を使ってシステムを作ったらしいけど、当然ながら誰にでもできることとはほど遠い。維持することも簡単ではないと思う。

実は宇宙考古学については別の分野の本で見たことがあって、ちょっと面白い概念だなと思っていたので関係する本を読めたのは中々よかった。著者はインディ・ジョーンズに憧れて考古学者になったらしく、そんな人いるんだと思ったけど実際まじでけっこういるらしい。そうなのか……。