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『夢を見るとき脳は――睡眠と夢の謎に迫る科学』  アントニオ・ザドラ、ロバート・スティックゴールド著/藤井留美訳 紀伊國屋書店,2021-08-31

夢の働きに迫る本。
夢ってほんとに面白くて謎で、意味がわからないのに人の心をとらえてやまないところがある。それはどうしてなのか。なんのために夢はあるのか。夢に意味ってあるのか。などなど、夢の気になるところに迫る。とはいえ造りは手堅い。まずは眠りの三段階の水準から、みたいな説明から始まる。比較的浅い眠りの時にレム睡眠ってやつが起きて、そのレム睡眠のときに夢を見る、ぐらいの話は聞いたことがある人も多いと思うが、それは間違いではないがいささか古い。現在では、レム睡眠ではないときにも人間は夢を見ていることがあるということが既にわかっている。
夢の研究で難しいのは、人間がどういう夢を見ているか調べる方法が自己申告しかないことだ。もちろん他の動物にもそれは言えて、たとえば犬とか鳥なんかでもどうも夢を見ているようにしか思えないという様子は観察されるらしいのだけど、それより先に進むことはできない。それに、夢はどんどん忘れてしまうという問題もある。実験室で寝てもらったりとか、枕元にメモを置いて記録してもらったりとかいろいろ工夫をするようだが、二時間ごとに起こして夢の内容を報告してもらうなんて記述がわりとさらっと出てきて戦慄したりする。研究協力者も楽じゃない。
著者たちは「夢判断」的な方向には一切踏み込まない。おそらくその方向にはなにもない、という認識というか前提のようなものがある。夢の話となればフロイトユングはどうしても避けて通れないところで、本書の冒頭でもフロイトについては多少ページを割いて記述しているのだけど、丁寧な言葉づかいで「著書の中で巧みに先行研究を否定しながら独善的な理論を形成して後世に大きな影響を残した人」というような説明をしていて、多分現在夢を研究している人にはある程度共通の認識のようなものなのだろうという印象を受けた。
では、夢とはなんなのか。どういう理由にしろ、睡眠がある程度以上高等な生物にとって文字通り不可欠であることはどうやら間違いないらしい。一部の魚や鳥、そしてイルカ類には半球睡眠という仕組みがあって、泳いだり飛んだりしながら脳の半分ずつを眠らせることができる。リスキーだし、なんでそこまでという仕組みだけれど、逆に言えばそこまでしてでも動物は睡眠を手放せないのだ。
睡眠の積極的な作用としては、記憶の定着や技能の向上が上げられる。特定の作業を練習して、そのあと実技でテストを行う、というフローを行う際に、作業とテストの間に一晩の睡眠を挟むとテストの成績が向上することがわかっている。記憶にしても同様。もちろん眠らなければまったく身につかないなんてことは全然ないのだけど、その効率とレベルは大きく異なる。学んだこと、練習したことが脳に学習される際に、睡眠が大きな役割を果たしているのだ。
じゃあ夢はどうなのだろうか。おぼろげにわかってきたこととしては、どうやら夢は自分の記憶から作られるらしいということ、夢の中では脈絡がないようでも一定の理路があってそれを超えた飛躍は決してしないこと、いろいろな夢があるがなんらかの危機に陥る夢が割合でいうとかなり多いこと、などがある。言われてみると個人的にはなんとなくうなずけることが多い。それを踏まえたうえで著者たちは夢の機能を大胆に推測し、NEXTUP モデルというのを提唱するのだけど、そこらへんはお読みくださいというところ。

本筋とは少しずれるけれど、ナルコレプシーとか、アトニア(睡眠中に起きる筋肉の弛緩、これが覚醒中に起きてしまう人がいる)とか、逆にレム睡眠中に筋肉が弛緩せず身体が動いてしまう症状(夢の中で動かしている通りに実際の身体が動くので起きだしたり暴れたりする)とか、睡眠障害の話がいくつか出ていてそれも興味深かった。そっち方面の本があったら読んでみたいかも。どっち方面だかわからんが……。