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『時空の支配者』 ルーディ・ラッカー/黒丸尚訳 ハヤカワ文庫SF,1995 ISBN:9784150110925

先日のニュース(じゃないんだけど)の衝撃に思わず再読。
主人公ジョーゼフ・フレッチャーは、かつては悪友/奇人/天才発明家ハリイ・ガーバーと組んで自らの会社を運営していたが、いろいろあって今は雇われプログラマー。フレックスタイムを額面通りフル活用して週にきっちり 40 時間労働、自宅も手放して借家住まい、妻と娘が唯一の心の支え。そんなある日、しばらく縁を切っていたハリイがいきなり目の前に現れる。なんと世界を思いのままにできる装置「ブランザー」を発明したというのだ。
これを使えばなにもかもが使用者の思うままになる。ただし効果時間に限りがあって、時空をいじれるのはその間だけ。そして効果が切れても、起こした変化は全部そのまま残ってしまう。その条件の下、ハリイはジョーゼフに何が欲しいかと訊く。ジョーゼフはお金と答える。なるほど手堅いね。おれだったらどうするかな。なにかをちゃんと願うのは、実はけっこう難しい。まして使用者は変人ハリイ。「願いごともの」のパターン通り、でもなまじ効果が強いだけに、世界はまるごと大変なことになってしまう。
どたばたしたストーリイがテンポよく展開するのがとても楽しい。「ブランザー」が作られるんだってことがわかってから、ふたりが材料を買い出しに行ってブランザーを作るところとか、その買い出しのシーンに無駄に SF っぽいガジェットが色々登場するところなんかはサービス精神旺盛だ。逆にラッカーの他の作品に色濃く見られる科学的なでかいアイデアはこの作品ではそこまで前面に出て来ない。ラッカーの長編としてはとっつきやすい方だろう。
終盤、物語はあっけないほどすとんと終局に向かう。これでいいのかなと思わなくもない感じだけど、でもまあこれはこれで。ラッカーの初期の作品にみられる断ち切られるような終わり方が、少し寂しくて温かい余韻を残す。

この本は結構長いこと品切。最初新潮から出て、すぐ絶版になって、早川から出てまた品切ってわけだ。ただ、希少というほどではないので状態にこだわらなければ定価以下でも手に入ることと思う。