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『ラッカー奇想博覧会』 ルーディ・ラッカー著/黒丸尚ほか訳 ハヤカワ文庫SF,1995 ISBN:9784150111090

ラッカー十番勝負その9。
日本オリジナルの、そして唯一の短編集。ラッカーがいくつ短編を書いているかわからないが、さすがにここに収められているよりはだいぶ多い筈だとは思う。最初期の作品から、刊行時に比較的近い時期の来日経験をつづったエッセイまで、発表時期はおよそ 15 年にわたる。
好きなのはやはり『時空の支配者』のハリイ・ガーバー&ジョーゼフ・フレッチャーが活躍する「遠い目」「自分を食べた男」「慣性」の三篇。もちろん書かれたのはこれらの短編が先で、作品中の時系列もどうやら同じ順になっているようだ。ラッカーによるとこの(男性主人公ふたりの)枠組みは「マッチョ過ぎる」ということらしいのだけど、いわゆるホラ話(トール・ストーリイ)系の話は個人的な好みでもあるし、物語の展開とけりのつけ方がうまい。アイデアとしては本人も書いているように「慣性」がずば抜けてぶっ飛んでいて、きちんと考えようとするとめまいがするような感じがする。残念ながら物語としては三篇の中で一番出来が悪いが。また「遠い目」に「作られてから破壊することに成功したものが誰もいない」という設定で登場する金属《チタン体/タイタニプラスト》は、気付いた限りでは『フリーウェア』にも顔を出している。<未来史>的なものに興味がないように見受けられるラッカーとしては珍しい趣向だ。単に便利なアイデアだから使いまわしたんだとは思うが。
それ以外では『ソフトウェア』のアイデアの変形である「柔らかな死」とブルース・スターリングとの合作「クラゲが飛んだ日」が面白かった。前者はちょっとイーガン辺りが書きそうなテーマで、ラッカーの先鋭性があらわれている。後者はぶっとんだアイデアがどたばたした展開に乗せられて楽しい物語に仕上がっていて、上手くシナジーが発揮されているように思う。
短編集ではあるけど、どちらかというとファン向けで、初めて読む人にはあまり勧めない。何冊か読んで気に入って、短編も読んでみたくなった人が読むとよいように思う。