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『ソフトウェア』 ルーディ・ラッカー著/黒丸尚訳 ハヤカワ文庫SF,1989 ISBN:9784150108403

ラッカー十番勝負その3。
フィリップ・K・ディック記念賞を受賞したラッカーの出世作。確かに前2作よりはるかに洗練された印象を受ける。直線的で脈絡がなく、大きなアイデアがごろんと転がされていた前2作に対し、今作ではストーリーとアイデアが上手く融合している。
主人公はかつてロボットに自意識を持たせることに成功したコッブ・アンダスン。今は富も名誉も失い、老人たちばかりが住むようになったフロリダで緩慢な余生を送っていた。そこへ、月面で独自の社会を形成するにまで至ったロボットたちから接触があり、恩人であるアンダスンに不老不死を提供するという。アンダスンはなりゆきで同行することになったもうひとりの主人公ステイ=ハイと共に月へ向かうが、月ではロボットたちの階級間闘争が始まろうとしていた。
物語の中で、意識とは何か、どうやって生じうるものなのか、それを容れる「器」にはどういったものがあるのか、自己の同一性はどこにあるのか、といった問いが次々に投げかけられ、ラッカーなりの答えが提示されていく。
ラッカーの考えで面白いのは、「意識」を作り出すことはできないけど、充分に複雑な構造を与えてやれば自ずからそれに意識が宿る、というところ。この考え方はとても魅力的で、個人的にはかなり影響を受けてすらいる。ただ、今読んでみると、作中の描写では自己同一性の限定が弱いように思われる。つまり、どうして器が変わっても意識が連続するのかというところ。そこはおなじみの「すべてはひとつ」なのだろうけど、でもそれぞれの意識の中には連続性が生じているので、さてそれはなんなの、とは思う。
作中では同じように意識を持つ者として描かれる人間とバッパー(ロボット)が、しかし最終的に圧倒的な相互の無理解に直面する、という流れはなかなかいい。どたばたとした展開もようやく板に付いてきた感じで、最後まで楽しく読める仕上がりになっている。
最後の最後、例によってあっけない終わり方で、え、なにきみらハッピーエンドみたいになっちゃってるの、と思わずにはいられないのだけど、そこはそれ次回に続くという奴で、物語は『ウェットウェア』に引き継がれるのでした。
ここまでの3冊では、やっぱりこれが一番面白い。