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『フリーウェア』 ルーディ・ラッカー著/大森望訳 ハヤカワ文庫SF,2002 ISBN:9784150111090

ラッカー十番勝負その 10――は『ハッカーと蟻』を持っていないので欠番で、今回がその 11 で最終回。もちろん別に狙ってたわけじゃなくて、なんとなく「十冊ぐらいじゃね?」と思って始めただけなので全体的には気にしないで頂けると幸いではある。あと最後の最後になってラッカータグ新設。気が向いたら遡ってつけます。たぶんつけない。
タイトルの通り『ウェットウェア』の続編で、前作のさらに 30 年後にあたる時代を中心に描いている。主な舞台となるアメリカ合衆国は前作の最後に登場した「カビイ」=「モールディ」が地球に大量におりて、バッパーの次世代にあたる生命として普通に暮らしている社会になっているが、これはスタアン・ムーニイ上院議員が成立させた「モールディ市民法」のたまもの。モールディに対する根強い反感や差別は残っているものの、一定の地位は確保している状態だ。
章ごとに視点の置かれる登場人物が入れ替わり、第1章の主人公はモールディのモニク。モニクの働く海辺のモーテルに、ある日モールディ好きの男が泊まりに訪れる。モニクはその男が怪しいと気づくが、結局誘拐されてしまう。そこから男を追いかけるモーテルのオーナー、その妻、そもそも誘拐した男、といった具合に視点が変わり、少しずつ年代を前後しながら、『ウェットウェア』以後の技術/社会的歴史が語られていく。
中々凝った構成で、ストーリー自体も面白く、後半に行くにつれてぶっ飛んだ展開になっていくラッカー節も健在。流石に 10 冊もキャリアを重ねてきたわけではないのだなあとしみじみ思わされる。ムーニイが息子に説教を垂れそうになって「いやいや、父さんもその歳の頃はまだタクシイドライバーのステイ=ハイだった」とあわてて言うくだりなどは結構ぐっと来てしまった。
一方で、アイデアとしては少しピンと来ない部分もあった。イミポレックスの技術的ブレイクスルーにn次元くるくる鶏フィルタがかかわってくる、というのは、うーん、あり得なくはないのだろうけど全く理解できない身からするとご都合主義的設定に騙されている感じはするかも。終盤の「フリーウェア」については、もう少し面白くなるアイデアの芽がうずもれている気がしてならない。
例によって最後はばたばたやって、ぶった切られるように物語は終わる。実際にはこの後にシリーズ最終作『リアルウェア』が待っているのだけど、残念ながら邦訳されていない。それどころか、この作品を最後に、ラッカーの著書は一冊も翻訳されていないのだ。