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『セックス・スフィア』 ルーディ・ラッカー著/大森望訳 ハヤカワ文庫SF,1992 ISBN:9784150109738

ラッカー十番勝負その4。
この作品も作者言うところの transreal 小説群のひとつで、ハイデルベルク大学に学んでいた時期がベースになっっている。ラッカーの分身たる主人公のアルウィン・ビターは今作では物理学者で、休暇で妻子を連れてイタリア旅行中、というところから物語は始まる。
アルウィンは夜の町をふらふらしているところを拉致されてしまい、監禁中にテロリスト集団に再誘拐される。テロリストたちはプルトニウムを持っていて、アルウィン原子爆弾を作ることを要求する。一方アルウィンの妻シビルは、夫を救おうと役立たずの大使館や警察相手に奮闘するものの事態は好転しない。さらには狂った物理学者ラフカディオからアルウィンが受け取っていた超物質が、何故か周囲の人間に催淫作用をもたらしはじめる。
今回のテーマは大雑把に言えば「世界の在り方」と「四次元以上の時空に存在する生物」。前者については『ホワイト・ライト』でも言及されていたアイデアがよりはっきりした形をとったものになっている。四次元時空を考えたときに、人間がひとつの時空連続体だ、とする考え方はこれが書かれた時点でもそこまで新奇なものではなかったと思うけど、ラッカーはそれを決定論とは結びつけずに、無数の枝分かれを持った糸のような存在を仮想する。それを「世界」からひっこぬく、というイメージは鮮烈だ。もっとも、この小説ではそのアイデアはそこまで止まりになっている。
もうひとつのねたである高次元生物はストーリー中を通じて大暴れするのだけど、殆どがセックス絡みなのがなんともラッカーらしい。通常の意味でのコミュニケーションなんて成立しようもないのだから、あとは本能に訴えかけるしかないんじゃないの、ということではあるのだろうし、その意味では説得力がなくはないんだけど、個人的にはもう少し違う関わりもあったらよかったかなーとは思った。
冒頭のフラットランドのアナロジーは大変解りやすく、高次元体の描写もなんとなくわかったような気になれて面白かった。科学書の類もものするルーディ・ラッカーの面目躍如というところだろう。
似非冒険ものっぽい展開や、ヒロインシビルの活躍など、これまでの作品には見られない要素も盛り込まれていて面白いが、全体としてはまたしてもテーマと物語がかみ合っておらず、『ソフトウェア』と比べるとかなり落ちる。4作目にもなることを考えるとあまり高い評価はできない。
奥付を見ると手元にある本は二刷らしいのだが、初版が6月で二刷が8月と、なんとたった二ヶ月で重版がかかっていて驚いた。まだふた昔も前ではないのに、これほどまでに状況が変わってしまうものだろうか。