黄昏通信社跡地処分推進室

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もうちょい頑張ってみるか。

「モンキーだけじゃ駄目なんですか?」
浅野はもっともな疑問を発した。
駄目ではない。が、単純な話、モンキーレンチはでかいし厚みもある。必ずしも入らない隙間は多いものだ。
それだけでなく、本質的に使いにくい道具でもある。特に抜き差しを繰り返すような使い方のときは顎が動いてしまいがちで、緩くなったりはまらなくなったりする。致命的な不具合ではないが、日常的に使う道具においては思いのほかストレスになるものだ。
というようなことを、僕は説明した。
「……なるほど」
肯いてから少し考え、「でも、あらゆる大きさのスパナを持ち歩くわけにもいきませんよね」
「それはそう。だから、何本かよく使う奴持っといて、あとはその都度取りに戻ればいい」
「あたしの経験から言うと、スパナが2本だけあるといいよ」
谷川が口を挟んだ。「一本は『5.5-7』。もう一本は『8-10』。これだけあれば、M3 から M6 のねじのナットに全部対応できるから」
「……なるほど」
もう一度浅野は肯いた。「参考になります」
「さすが工具フェチ」 
僕が言うと、谷川は口の端を小さく曲げて応じた。
「ボルトフェチに言われたくないよ」
こんな感じ。妻に「スパナが2本だけあるといい」という言い回しがちょっと奇妙に思える、と指摘を受けたので、前後の文脈を付け加えてみた。
谷川のスパナはこれ、とかくそどうでもいい設定もあるんだけど、まあおいおい。こういう「くそどうでもいい設定」も説得力を増す系の文脈では無意味ではないのだが、これはちょっとそれとはずれる感じ。