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『聲の形』 山田尚子監督,2016

シン・ゴジラ君の名は。、と来たらこれも観ないわけにはいくまい。というわけでもないのだけど、観てきた。


障害者に対するいじめとか、そのいじめていた側といじめられていた側の交流とか、とても扱うのが難しい題材に果敢に挑んでいて、そのせいもあって自分でも飲み込みきれていないところがあるけれど、それでもおれなりに語ってみたい。
というわけで、以下それなりにネタバレがある。気にされる人は読まない方がいいかも知れない。


飲み込みきれないのは、この物語全体の構造を是とするかどうかだ。ものすごく単純化すると、小学生の頃耳の不自由な少女・硝子をいじめてた主人公の少年・将也が、高校に入ってから硝子と再会して、心を通わせあう。なんとなくいい感じになる。ところが硝子は自分が原因で将也の周りの人間関係が壊れてしまったと思って絶望する。それを将也が助ける。やっと硝子が心を開く。


この把握だとなんだそれは、になる。いじめていた事実が消えるわけではない。それは金額にすれば170万円で、事実で言えば硝子は転校に追いこまれてしまった。それは将也が硝子を助けたから許されるという類のことなのだろうか?


だからさっき単純化したときにこぼしていったところを拾わなければならない。
将也はいじめっ子だが、初めから悪意を持って硝子に接するわけではない。「浮いちゃうぜ」と忠告もしている。しかしその後徐々にエスカレートして、最終的にはひどいことをする。もちろん初めに悪意のないことはエクスキューズにならない。ただ、この過程は映画ではかなり切り詰められていたように思う。「きこえの教室」の先生の空回りや、担任のクズっぷりが充分に描けていない。
そして、そのあと将也はいじめられっ子に転落する。小学校の残りの期間と、中学校もまるまるそうだったはずだ。ここもあまり尺を割いては描かれないが、悲惨な日々だったことは間違いない。いじめの対象になるというのは全く理不尽なことだが、将也の場合はそれまでの経緯があるためにそれを応報であると受け止めてしまう*1。もちろんそんなこともエクスキューズにはならない。しかしこれを踏まえなければ冒頭の死のうと思うシーンにつながらない。


それぞれに地獄を見てきたふたりが、それでも声を届かせようとする。
これでもなお非対称は残るのだけど、だからこそうまくいかないのだし、そこを乗り越えようともがく物語ということなのだろう(少なくとも、将也の側から見れば)。
硝子の側から見たとき、将也はなにになるのだろうか。つかみかかって、噛み付いた相手は、硝子にとってある意味で特別な存在だったには違いない。転向する先々で地獄に遭ったであろう硝子にしてみれば、将也がかつていじめの主役であったことにはすごく大きな意味はなかったのかも知れない。それも都合のよすぎる解釈のようにも思えるけれど。
このあたり、やはり自分の中で割り切れなさは残る。


しかし、後半の展開はなかなかよかった。後半も原作と比べれば削られた部分は結構あるのだけど、むしろうまく整理したなという印象で、取捨選択が的確と思う。映画作りは少し迷走感があったし(まあ高校生ってあんなもんかも知れないですが)、ラストシーンはさすがにちょっとドラマチックすぎるきらいもあったので、このあたりで終わるというのが個人的にはちょうどいい感じはした。


あとは、原作でもそうなのだけど、主要登場人物がみんなかなりはっきりした欠点を持っていて、そこを曲げずに描いていたのはよかった。だからこそ物語が綺麗ごとに陥らずに済んでいる。たとえば植野は自分なりの正義で事態に向き合おうとしているけど、その正義は最後までどこか歪んでいる。川井は最後まで状況を当事者として受け止めることができない(ゆえに端から見ていておそろしい)。ちゃんと、周りにいる人がそのようにある、というのはよかったと思う。


先日クリスマスパーティのときにNくんが硝子が障害者であることの是非/必然性ってどうなの、という問いを投げていて、おれはその場では答えることができなかったのだけど、ひとつにはやはりいじめのきっかけがそのようなところからである絶望感、というのがあると思う。これは「きれいごと」に寄る方向性なのだが、プロセスとしては担任のハンドリングの悪さというのがあるので、必ずしもきれいごとにとどまっていない。もうひとつは、聴覚障害というのは視覚障害よりも大きな「世界からの隔絶」なのだという話があって、それを乗り越えるのは大きなテーマだから(地獄に居た将也がその間に手話を習得していることのすごさ、とか)。障害者じゃなくても成立する話なんじゃないの、という指摘に対しては、そうかもしれない、でもそれはやはり違う話になってしまうと思う、と答えるかな。


長々と書いてきたけど、総じてよくできていて、よかった。
原作をもう一度ちゃんと通して読みたいな、と感じた。

*1:理不尽と思いながら受けるいじめと当然の報いと感じながら受けるいじめのどちらが絶望が深いかと問われるとそれはわからないのだけど。